転出される先生方との挨拶会

転出される教職員のみなさんの離任式が小中学校で行われ、その後に役場庁舎でも教育委員会主催による合同挨拶会の時間がいつものように設けられそれに出席。

議会がいろいろとお世話になったこと、新任地でのご活躍を願ってお礼を申し上げました。

教職員の異動(小学校の教頭先生は退職)は、そのほとんどの方々がつとめる学校そのものがかわります。転任されるみなさんの心境は、これまでいっしょに過ごした職場の同僚や子どもたちへの惜別の情とともに、これからはじまる新しい職場のみなさんとの関係、新しい子どもたちとの出会いなど、そういう立場におかれた者でないとわからない大変さと新鮮さが同居するものなのかなと思われます。

みなさんは、村の教育の独自性の側面も見つめたでしょうから、いろんなかたちでプラスになるところは今後の活動に活かされて、新任地でもより豊かな教えに努めていただきたいもの。転出のみなさん、我々の方こそほんとにお世話になりありがとうございました。

▼この日は、その後に村の表彰式も。今年もスポーツ賞(バスケット、ハンマー投げ、ハンドボール、スキー、野球、ボール投げ、1500㍍走、卓球、100㍍ハードル、サウンドテーブルテニス、パークゴルフなど)と、芸術文化賞(将棋、民謡、標語コンクール、席書、写真、絵画、演劇など)でとっても幅広い分野で、東北、全県、地区大会で優秀な成績をあげられたみなさんを讃え合いました。

▼この月末31日、村の地域交流センターゆるるんを会場に「縄文ロマン 青く光る石のものがたり」という子どもたち(小、高)の演技が軸となる(大人も数人が演者)ミュージカル仕立ての劇が行われます。(配布されているチラシの写真参照)

この公演にむけた練習が精力的に行われていて、先日その舞台につかわれるセットの道具類などを目にしました。劇というのは、演ずる者はいわゆる表舞台に立つわけですが、それを土台でささえる脚本や演出という屋台骨の仕事がまず第一。さらに「舞台美術」などの「裏方」といわれるとっても大事な役割があってはじめてこの演劇は成り立ちます。

今回の劇は小さな規模のものですが、それでも舞台の構成、セットにはかなりの労力を注いでいて、プロの大工さんはもちろんのこと、元学校の校長と美術教諭をつとめられた方、村の和紙づくりと和紙の工芸品づくりのみなさん、つる細工つくりのみなさん、読み語りグループのみなさん、時代考証では考古学の専門機関でお仕事をされた方、などなど、たくさんの方々の協力とささえでこの「ものがたり」はつくられています。

本番まであと2日。みなさん、連日の稽古と仕上げのリハーサルに集中しています。こういう内容の劇の観賞機会はめったにないこと、楽しみです。31日は、ぜひ、岩井川の「ゆるるん」にお出でを。

カラスに学ぶ

雪解けの季節がやってきたのを喜んでいるのは我々だけでなくカラスも同じのよう。

真冬にも時々見られる路上でのカラスのくるみ割り。雪が解け始め地面の見える範囲が広まるにつれてカラスたちがエサを求める場所もだんだんと多くなります。

そのエサのひとつクルミは、リスやネズミだけでなくカラスにとっても雪の季節の大切な食源。そのクルミが落ちている場所、というより隠している場所なのでしょうか、どこから咥えて運んでくるのかわかりませんが、秋と同じで春になるとかれらのクルミ割り光景が頻繁に目に入ります。

咥えてきたクルミを道路に落とす。それで堅い実が割れればいいのですが、あの軽くて堅い実が、高所から落とした程度では簡単に割れないのでしょう。でもカラスは次善?の策を知っているようで、それは道路を走る車にタイヤでクルミの殻を踏みつぶしてもらうこと。車に殻を割ってもらえば中味を簡単にごちそうになれるというしかけのように私には見えます。

いつかも記しましたが、リスやネズミと同じようにカラスもクルミをどこかに蓄えているのかもしれません。どこから実を運んでくるのか知りたいものですね。得られるエサが極端に少なくなる厳しい豪雪の冬を越すことができるカラスの賢いこの生き方。この鳥の頭のよさ、生きる力の強さにはほんと感心してしまいます。「カラスに学ばねば」です。

シャクやヒロッコも次々と新芽を

まもなく4月をむかえるというのに、残雪がまだ1㍍前後から2㍍近い豪雪のわが村。でも、雪解けのすすむ地面にはほんの少しずつ、野草、山菜の緑が目につくようになりました。

わが集落でも、雪消の早い道ばたにごく普通に見られるようになったバッケ(フキノトウ)に続き、山菜のヘリザグ(シャク)やヒロッコ(ノビルの仲間)が、わずかの範囲にですがおいしそうな新芽を出し始めています。

栽培もののヒロッコと比べたら香りも歯ごたえも味も抜群に上質の野生ヒロッコ。でも、掘り取り、根つきはずしをふくめて調理できるまでにあまりに手数がかかる野のヒロッコ。それを食卓にあげられる家庭は、昔とちがって今ではほんのわずかでしょう。

魚のカド(ニシン)を味付けにしたヒロッコカヤキ(ヒロッコ鍋)や「ぬた」は伝統の郷土食。落ち着かない天気が続く春の季節の変わり目は、花粉症もありで人間界は健康を害しやすい時です。これからが旬の天然ヒロッコ、シャクで「免疫力」を強め、お互い新しい年度へ元気にむかいたいものです。

村で唯一?の秋田犬かなクロくん

世界規模で秋田犬の名が広まっています。

その秋田犬、わが村でも犬を愛する方々は多いのですが、正真正銘、血統書付きの秋田犬を飼っている方は意外と少なし。村では写真の秋田犬クロくん一匹だけではないかとこちらは勝手に決めつけています。

クロくんは2歳の雄。飼い主は田子内のTさんで、ご夫妻が代わる代わる散歩に連れ歩く姿を村人はよく見かけます。

体は黒くないのに「クロ」の名がついているのは、クロくんの前に飼われていた犬の名が「クロ」だったため。「名前を大事にしたい」というご夫妻の思いで、いわば代替わりの秋田犬にも「クロ」の名をひきついでもらったというわけです。

人間の世界では、「ほんとうに強い者ほど、優しさをもあわせ持つ」との訓がよくいわれます。秋田犬特有の立派な体格をしていて、かつ温厚、優しいクロくんは、そういう面からもみんなの人気者です。

夏の散歩写真は昨年7月、雪の見える散歩写真は3月半ばに写していたものです。

ガキの頃を思う春彼岸お墓参り

お盆とちがって、彼岸のお墓参りにむかうお決まりの日はその土地土地でちがうようです。今年の彼岸は18日から24日まででしたが、村内でも、祭日春分の日にあわせてお墓に向かう家もあれば、わが集落のように彼岸明けの日のお墓参りが多いところなど様々です。

また、村内でも、わが地区の入道集落などは、春彼岸も秋彼岸もお墓への詣りをやらないところもあるようで、同じ仏教、同じ宗派でも、人々の行いというのは土地のちがいによってほんとに多様なものです。宗教というより、父や亡き人々を偲び感謝をあらわすということでお墓にむかっているこちらなども、そういう類いの慣習にはほとんどこだわりはありません。

さて、今年の春彼岸。菩提所・龍泉寺の境内わきにあるわが家の墓地などは、丈の低い墓碑なのでまだ「墓」を表す構造物はすべて完全に雪の下。山門わきもまだ寄せた雪がこんな小山状態です。

土葬時代の昔は長い角材の墓標で冬でも墓地の所在がわかりましたが、火葬をするようになってからはそういう墓標は次第に姿を消し始め、今ではごくわずか。ですから、村のお年寄りのみなさんがつくってくれたのを買い求めた「彼岸花」と、手づくりのおだんごを供える時には、「だいたい、ここらが、我が家の墓だろう」という推定でお参りの事を運ぶ家々も結構多くあります。中には「墓は雪で隠れているから」と、お寺の中でのお参りで済ませる方もおります。

ところでいつも記しますが、昔のこの日は、われらガキどもにとってなんともうれしい日。それは、お墓に供えられたダンゴやお菓子を「べっとう(別当)」として堂々といただける「ごちそう日」だったからです。「カラスに取られるより先に」と「徒党」を組んで家々のお墓に向かった日を、春彼岸の日は決まって思い起こします。家々によって、大きさ、かたち、堅さ加減、甘さ、あんこの量、などが異なるだんごの味くらべシーンなども。

彼岸なのに、朝の外気温はマイナス6℃。前夜から降雪となり道路には除雪機械も出動。もしかしたら今月に入って初めてかな?久しぶりの国道、県道、村道の除雪作業ということになりました。お墓でも、新雪をスコップで少し寄せて供物の置き場つくり。日中も時折吹雪になるほどの荒れ空で、ロウソクの灯もたちまち消えてしまいました。

平野部と山間部はすでにある残雪量のちがいばかりでなく、なごり雪の降る量にも大きな差が出るのがこの時期です。村はほかとは雪の量がまったくちがいますから、まだまだスノータイヤをはずした方はいないはずです。雪の降り始めと同じで、これからの季節に多発のスリップ事故は要注意。過去にも大きな人身事故がおきていますから、みんなで注意をよびかけあいたいものです。村では夏タイヤへの取り替えはまだまだ早いですからね。

純真無垢の子たちの卒園式

20日は、村保育園の卒園式へ。

今年の卒園児は11人。園長さんから卒園証書を受け取り、階段をいくつか下りて、この日まで何度練習したのでしょう、「ぼくは、わたしは、00になりたいです」と元気に発表してくれます。

それだけでも、もう感動につつまれるのですが、さらに待ち受けている母親のもとに歩み寄って「母さん、ありがとう」の言葉がのべられれば、母親たちは涙をこらえきれません。

卒園の歌にうつれば、会場は、保護者、祖父母、保育士さん方、招かれた人々と、みんな胸がキューンと熱くなり、涙、涙、涙です。

卒園までの乳幼児期は、同じ子育てでも、保護者、家族にとって特有の苦労があるもの。発熱や腹痛をはじめ、むずかる子に寄り添い、子の痛みつらさを分け合った時のとくに多い母親たちの苦労はなおさらです。その日々を、みなさんは強く思い出すからなのでしょう「よく、元気に、大きくなってくれた」その喜びの涙は、いつの年も会場全体に親と子の強い愛の絆を感じさせてくれます。

村にひとつの保育園。3歳未満児保育も多くなり、子どもと保育士さんが共に過ごす年数も長くなっています。ですから、子たちの成長をささえ見つめてきた保育士さんたちも、別れのつらさはまたひとしおのものがあるのでしょう。「さよなら、ぼくたちの保育園」の純真無垢11人の歌がはじまったら、もう、先生たち、保護者、祖母たちのあの涙。それは、子育ての難儀と、だからこその喜びをわかっている、そういう時を経てきた私たちも同じ気持ちです。今の時代は、孫育てにあてる祖父母の時間も多いですからね。

おめでとう、11人の卒園児のみなさん。晴天のその日、帰りに咲いていた福寿草を撮り載せてお祝いです。

▼きのうは早くもお彼岸の中日。18日の彼岸の入りから24日の彼岸明けまで一週間、我が家の仏壇はいつもよりわずかに仏様のお膳の供物が妻の手で増やされます。きのうは、亡き夫を想いながらでしょうか、89歳になる母が朝早くつくった「へらつぎ・へら搗き」(ぼたもち)もお膳に足されていました。

我が家の墓参りは、慣例で彼岸明けの日となります。お墓の雪は、その日までどれだけ少なくなってくれるでしょうか。

任期最後の定例会議終える

3月定例会議はきのう終わりました。

現任期(4月末まで)の議員にとって最後の定例会議であり、多少の感慨をもちながら開会を告げるベルを押し審議に入りました。

会議は、予算案と追加の議員発議案件、副村長選任同意案、人権擁護委員の諮問案などすべてを可決、同意として散会しました。副村長は再任で、新たな時代の村づくりにむけてまた心血を注いでいただくことになります。

議会後には、厚生連雄勝中央病院の運営委員会へ。県都や大都市とちがい、医師不足に加え看護師確保にも苦労しているのが地方や過疎地の医療現場。

きのうの会議でもそうした実情が切々と説明されました。教育、保育と同じで「医療・介護」や「福祉」は、政府に全体としてその国の体制充実をはかるうえでの根本責任があるのですが、全国の医療体制の現状をみればその役割はよく果たされていないようです。

ヨーロッパの医療先進国なみの体制がこの国でなぜとれないのか。会議に出る都度思うのはそのことです。メディアにも、世間でも、医療課題で「経営」や「赤字」という言葉が踊ることがあります。それを見る度、聞く度に、私は「医療」はそもそもその特殊性からして市場経済モノとは一線を画するものでしょう、とつい言いたくなります。

セモリ(サンショウウオ)との出会い

きのう18日は、広域市町村圏組合議会の3月定例会。今年8月末の完成にむけて工事中の新消防庁舎建設などを含む総額約45億5千万円の来年度予算案などをすべて可決し閉会しました。事務局長、会計管理者をはじめ今年度限りで退職となる管理職員もおられ、年度末でもあるので、議会後には年に一度の懇親・慰労の席も設けられました。

▼土曜日、所用の合間、訪れていた童が「サンショウウオを捕りたい」といいます。「お安いご用」で引き受け、自宅前、清水の湧く水辺へ出かけました。この日は堅雪ではなかったのでカンジキ履きでの雪原歩きです。

まわりは厚い雪ですが、通い慣れた湧水の地は水温が一定。冬でも雪が積もらず、おいしい清水が年中勢いよく湧いています。

そこは、礫の多い湧水場所を好むセモリ(サンショウウオ)やサワガニ、カエルたちの絶好の住み処。童と私の早春の戯れ所でもあります。

トットットットッ、サラサラと清水の流れる小石を起こし礫を少しずつかき分けると、まだ冬ごもり中のセモリ(サンショウウオ)やカエルが石の底や礫の隙間からあらわれます。冬ごもりしている割には動きが素早し。体の小さいセモリは、もたもたしているとすぐに行方を見失ってしまいます。湧水に棲むこの小さなカエルも、休眠中だったでしょうが動きは活発です。

 

こちらが子どもの頃は、サワガニ捕りのついでに見つけたセモリもつかまえ、大人たちの真似をして生きたままの「セモリのオドリ食い」を何匹もやったもの。童がまだ小さい頃は、そんなことをこの場所でやって見せたりもしたものですが、さすがに今は、そんな荒肝を抜くような行いは少しひかえています。

「セモリ(サンショウウオ)を生きたままのみ込む人」などを、今時の子どもたちが見たり聞いたりしたらきっとビックリしてしまうでしょう。わが家の童は、私が見せたそういう場面を知っていますから全然なんともありませんが。

湧水に向かう雪原のあちこちには、沢水が流れて雪解けの早い地にバッケ(フキノトウ)がいっぱいです。童とバッケを摘み、ふざけた語り合いをしながら雪原を歩く。春のありがたさを思える日々の出来事が、これからは一日増しに多くなるでしょう。

生きものたちの棲む湧水場所の上部は大きなヒラ(底雪崩)が毎年落ちるところ。今年もすでに一回目のヒラが落ちていて、それは湧水場所にまで達しています。沢を滑り落ちてきたヒラは平地に出るといっきに広がります。これは豪雨による土石流が沢から平地に出る時と似ているでしょう。こういうヒラの動きは、土石流災害予防にも参考になります。

小学校卒業式.成瀬仙人太鼓30周年記念公演

15日は小学校の卒業式。

今年の卒業生クラスは児童数が少なく11人。その中でお一人がインフルエンザに罹患のため式典に出席できず。ご当人へもご家族へも「お気の毒」の気持ちをみなさん口にしておられました。後に卒業証書を授与する場が特別に設けられるそうですから、「よかった」と安心しました。

さて卒業式。人数は少ないものの、それだけに一人一人のキラリと輝く個性が目立ち、何事にも積極的、元気なクラスでした。なので、式全体の運びでの存在感は大人数のクラスに見劣りしないものがありました。

卒業生、在校生の別れの言葉や歌も、毎年のようにこの場面は感動に胸が熱くなる時。子どもたちの健気で澄んだ目と心と歌声と言葉には、いつも自分の心が洗われるような清々しさを抱かせられます。そんな気持ちのまま祝賀会での乾杯の発声をさせていただきました。校長先生から卒業生全員へプレゼントの似顔絵もよかったですね。

 

▼きのうは、成瀬仙人太鼓のみなさんの結成30周年を祝う記念演奏が「ゆるるん」で行われました。

公演には、成瀬仙人太鼓のみなさんが結成時から指導をあおいできたという大仙市の「蘭導」と、湯沢南家佐竹太鼓の2つの太鼓団体のみなさんも応援にかけつけ、見事な演奏で花をそえてくれました。

 

30年間の歩みを続けてきた成瀬仙人太鼓。この間積み重ねられた熟練の演奏は、会場を大きな感動でつつみました。みなさんそれぞれ多忙な方々であり、女性の場合は家庭や子育てなどで固有のつとめなどもありますから、その度合いはなおさらでしょう。

お仕事の合間を縫っての鍛錬は大変なことと思われますが、演奏を讃えるあの力のこもった聴衆の拍手の大きさ、熱い声援を目にしお聞きすれば、きっと「続けてやっていてよかった」とみなさん思われたのではないでしょうか。ほんとうにすばらしい「響き」でした。子ども仙人太鼓の指導にもみなさんは尽力されており、感謝・敬意でいっぱいです。さらなるご活躍とご発展を願っております。

▼夜は村猟友会のノウサギ巻き狩りの鍋を囲む会へ。会場は、またぎ料理・ジビエ料理で最高級の味をたんのうできるグルメペンション「お山の大将」。野生鳥獣肉特有の臭さを取り除く独特の秘伝で調理された鍋は、「これは美味い」といつも評判で、来賓として参加の私たち一同、1年ぶりに野のウサギ肉をおいしくいただきました。

仙台キノコ同好会の会誌

仙台キノコ同好会(会員約200名)の元会長をつとめられたSさんから、発行されたばかりの新しい会誌がきのう送られてきました。設立以来50年をこえる歴史があり、内容の濃い活動をされているみなさんの会誌であり、いつもうれしく読ませていただいております。

会誌の表紙には見事なヒラタケをとらえた写真が載せられていて、開封してまずそのかたちのすばらしいヒラタケに「オッ」と声をあげました。これほど立派なかたちのヒラタケ群生はなかなかお目にかかれないからです。

会誌では、昨年の一泊研修をわが村でおこなったことが綴られていて、二箇所の現地で採取されたキノコの種類なども記されています。

昨年の採取研修時期は、村と奥羽山脈ではちょうどキノコの端境期と重なりました。深山のブナとミズナラの森はマイタケなどが過ぎ具合、里山のナラ林は晩秋のキノコの季節には少し早しで、みなさんの期待に充分には応えられない研修となりました。こればっかりは、自然が相手ですし、大人数でおこなうために採取場所も制約されるのでどうしようもありません。年によって発生時期にもちがいがありますから、なおさらです。

研修のみなさん35名が手にされたキノコの名前が載せられているページをご紹介しますので、参考にしてください。

会では、福島原発事故以後、東北大学理学研究科・木野康志准教授の協力を得てキノコの放射能検査にも尽力しているようです。昨年村から採取されたキノコ(タマゴタケ、ニセアシベニイグチ、アメリカウラベニイロガワリ、コテングタケモドキ、カレバキツネタケ、ハイカグラテングタケの6検体)の放射能検査も行っていただいており、福島原発事故によるとされる放射性セシウムの割合は村のキノコはゼロ、すべて基準以下、だいじょうぶの結果も載せられております。

奥羽山脈をはさみ村と接する岩手の県南部や宮城の県北部などでは野生キノコの出荷制限、採取自粛が続いていますが、やはり、昨年岩手側で採取されたキノコからは、福島原発事故によるとされる放射性セシウムの割合が高い検体もあったようです。

▼きのうは久しぶりに歯の検診に向かい歯垢をとりのぞいてもらいました。冗談ふくみでしょうが「歯だけをみれば、100歳まで生きられるよ」と先生はいわれました。ほかの臓器も大事にして健康長寿の70~80歳を通り過ぎたいものです。

▼風除室に置かれている鉢植えの沈丁花がつぼみをだいぶ膨らませています。久しぶりの雪降りでしたが、たいしたことなくまた春は進みそうです。あと何日したら花の香りが玄関に満つるでしょうか。