純真無垢の子たちの卒園式

20日は、村保育園の卒園式へ。

今年の卒園児は11人。園長さんから卒園証書を受け取り、階段をいくつか下りて、この日まで何度練習したのでしょう、「ぼくは、わたしは、00になりたいです」と元気に発表してくれます。

それだけでも、もう感動につつまれるのですが、さらに待ち受けている母親のもとに歩み寄って「母さん、ありがとう」の言葉がのべられれば、母親たちは涙をこらえきれません。

卒園の歌にうつれば、会場は、保護者、祖父母、保育士さん方、招かれた人々と、みんな胸がキューンと熱くなり、涙、涙、涙です。

卒園までの乳幼児期は、同じ子育てでも、保護者、家族にとって特有の苦労があるもの。発熱や腹痛をはじめ、むずかる子に寄り添い、子の痛みつらさを分け合った時のとくに多い母親たちの苦労はなおさらです。その日々を、みなさんは強く思い出すからなのでしょう「よく、元気に、大きくなってくれた」その喜びの涙は、いつの年も会場全体に親と子の強い愛の絆を感じさせてくれます。

村にひとつの保育園。3歳未満児保育も多くなり、子どもと保育士さんが共に過ごす年数も長くなっています。ですから、子たちの成長をささえ見つめてきた保育士さんたちも、別れのつらさはまたひとしおのものがあるのでしょう。「さよなら、ぼくたちの保育園」の純真無垢11人の歌がはじまったら、もう、先生たち、保護者、祖母たちのあの涙。それは、子育ての難儀と、だからこその喜びをわかっている、そういう時を経てきた私たちも同じ気持ちです。今の時代は、孫育てにあてる祖父母の時間も多いですからね。

おめでとう、11人の卒園児のみなさん。晴天のその日、帰りに咲いていた福寿草を撮り載せてお祝いです。

▼きのうは早くもお彼岸の中日。18日の彼岸の入りから24日の彼岸明けまで一週間、我が家の仏壇はいつもよりわずかに仏様のお膳の供物が妻の手で増やされます。きのうは、亡き夫を想いながらでしょうか、89歳になる母が朝早くつくった「へらつぎ・へら搗き」(ぼたもち)もお膳に足されていました。

我が家の墓参りは、慣例で彼岸明けの日となります。お墓の雪は、その日までどれだけ少なくなってくれるでしょうか。