祖父母が孫と学校で過ごす

cimg6503-1cimg6504-1cimg6508-1児童の祖父母を招いて授業参観や講演(孫育て講座)お昼のなべっこ会食、締めくくりに祖父母からの感想を発表していただくという恒例の行事がきのう小学校で行われました。

授業の始まりを少しだけ参観しましたが、孫を見つめる祖父母たちの真剣なまなざし、我々の時代にはなかったこういう場面、家族にとって貴重な一日といえます。

多くの教育視察団の参観でこうした雰囲気に慣れている子供たちも、一年に一度だけ、おじいちゃん、おばあちゃん(若い祖父母のみなさんにはなんだか言いにくい言葉ですが)たちが後ろにひかえているとあって、この日はちょっと違った表情と動きを見せているように感じられました。

この白装束が極めつきの猛毒キノコとは

cimg6100-1cimg6101-1cimg6095-1cimg6130-1cimg6496-1cimg0001-1キノコの話題が多い小欄ですが、今回は日本、あるいは世界で最も強力な猛毒キノコとされる恐ろしいドクツルタケ(写真最初の2枚)のご紹介です。(かたちがよく似ている猛毒キノコにシロタマゴテングタケがあります。写真は茎のササクレがよく目立ちますので、外見からの判断でドクツルタケとしておきます。)

数多の動物、植物、菌類などのなかで、なぜ、それらの限られた個体だけが、どういう理由でそういう毒を体内にもつことになったのか私にはわかりません。とにかく、その毒が猛毒となると、目の前のキノコをながめる姿勢も変わってくるというもの。なにしろこのキノコ、「たった1本で数人の大人を殺傷できる毒をもつと推定する学者もいる」という旨を紹介する本もあるほどですから。

ドクツルタケは、食べられるキノコとは普通は思いませんから私たちは手にすることはほとんどありません。が、誤って食べた方がいたのでしょう、悲惨な中毒死の例をキノコを紹介するガイド本の多くが記しています。

ドクツルタケやタマゴテングタケ、本によっては「さわるのもやめたほうがよい」などの記述もまれにあります。このキノコの猛毒ぶりを強調しておかねばと思っての表現なのでしょう。

キノコの世界の顔ぶれはほかにも多彩。毒もあれば、食毒不明も、食不適もあります。先日訪れた林にたくさんあるそれら種のなかから、色や形などにつられあえてカメラをむけた姿たちをいくつか載せてみました。いずれも、食べられない、わたしたちは食べないキノコたちです。

栃木県芳賀町議会から視察訪問

きのうも籾すり作業やヌカ(籾がら)片づけに午前を費やしました。午後に村を訪問される議会があったので、めずらしく朝ではなく午後になってから役場へ。

議会事務局提供
議会事務局提供
議会事務局提供
議会事務局提供

朝の6時に町を出発し、高速道路を走って村にこられたという宇都宮市に隣接の栃木県芳賀町議会教育民生常任委員会のみなさんに教育行政視察で訪れていただいたのです。ご一行の視察研修の時間を、役場、小学校、ともに過ごしました。

小学校などの訪問は先様の当初予定になかったものですが、現場をみていただいてよかったと思っています。小学校や児童館のみなさんには、急な訪問にもかかわらず丁寧に応対していただきお礼を申し上げます。また、教育長には、いつものことながら時間を割いて「村の教育」を説明していただき感謝です。

今後も、昨年までと同じように各地の市や町の議会から村への視察(教育や産業政策など)が予定されています。視察された議員さんのなかには「子供さんが秋田大学卒」という方もおられました。事務局次長の女性の方は「秋田に初めて来ました」と語りました。はじめての秋田と村、はたしてどんな感想をもたれたでしょうか。

私たちはこのように村にいながらにして、質疑応答などを通じ各地のみなさんの多様な考えや視察の視点などに触れることができます。視察受け入れは「わたしたちも学ぶことができる」貴重な機会となっています。もちろん、村の魅力をつたえる機会にも。

王様の名がいかにもふさわしいシメジ

冷えのくるのが遅かったためか、なかなか顔を見せないでいたシメジがようやく見事な姿をあらわすようになりました。きのう、籾すり前の昼休み時、めずらしくいいかたちのシメジと出会えましたので、その喜びをそのまんま写真にしてお伝えします。

cimg6404-1cimg6405-1cimg6409-1cimg6384-1cimg6391-1cimg6399-1cimg6413-1cimg6416-1cimg6417-1cimg6422-1cimg6423-1cimg6425-1cimg6431-1cimg6435-1cimg6466-1シメジといってもホンシメジが顔を出すのはまだ少し先。これぞいかにもキノコの代表格という盛りのかたちを今見せているのはハタケシメジと名のつくシメジ。このハタケシメジ、こちらに言わせれば、もう少し風格のある名前をつけてもらいたかった気がしますが、最初に名前をつけた方は、キノコのすばらしい姿から連想する名よりも「畑の脇や里の草原で採れるキノコだから」として、発生場所にちなむ命名を優先させたのかもしれません。

今回はわずか畳3枚分ほどの地上でおよそ12㎏ほどのシメジ。成長途上で傘がまだ黒く、キノコとしては最良の採り時。その発生の様子はまさに地をキノコが占めているようで、手にしているのはひと塊で2㎏ほどのシメジとしてはめずらしい大株。キノコ採りウン10年の当方も、ひとつでこんな大きな株のシメジと出会ったのは初めて。一株の傘の数はなんと40を少し越えますから、これは記録モノ。別の株には茎の長さが30㌢を越える大物も。生育条件がすこぶる良い場所だから、こんな株に成長できたのでしょう。

名はハタケシメジなれど、味はホンシメジと同格かあるいはそれ以上というこれはキノコの堂々たる横綱格。姿形はもちろん、香りも、味も、歯ごたえも、まさにキノコの王様級。自然はなんとすばらしい食材を生み育ててくれるのでしょう。

cimg6439-1cimg6444-1▼きのうはお米の籾すりを始めました。二番米も少なく実り具合はちょうどよし。カメムシ被害もなし。粒の大きさも手頃で、品質はまずまずと自己判定しました。

できあがったあきたこまち新玄米と、シメジの大株、それに御神酒の3点セットを神棚に供え、収穫をもたらしてくれた自然と、お米に仕上がるまで手をかけはたらいた家族のみんな、それと農機具にも、感謝の心を捧げました。

稲刈りはじめ

cimg6303-123日は村産業文化祭の実行委員会、それを終えてからは特養ホーム幸寿苑の敬老会へむかいました。会では、今年も「玉扇津久美会」による踊りの披露があり、みなさん大いに楽しんでおられました。苑を利用されている方々の中には、仕事や山歩きなどをいっしょに過ごした方もいますし、ほかにも様々な面で教えをうけお世話になった方々が多く、この日は一年に一度のごあいさつの日でもあります。一年経つごとに、お体の衰えが目立つようになる方も中には当然おられ、複雑な気持ちが胸にくる日でもあります。

前日は彼岸の中日。彼岸入りしてからの毎日は、妻の手による仏壇のお膳にもキノコなど秋の恵みが供えられます。仏様たちもマイタケなど初物の香りを楽しんでいるでしょう。

cimg0001-1稲刈り作業の早いハサ架け乾燥(写真のハサ架け作業は間木)の方々を皮切りに村は穫り入れ本番へ入りました。土曜、日曜は我が家も稲刈りはじめ。こちらの収穫作業は、実りに合わせる稲刈りではなく自分の都合と天気に合わせる稲刈り。できるならもう少し日を経てから作業にとりかかりたいのですが、合間にひかえる諸事あり、また雨天もやってきそうなので、晴天の休日、援軍を得て予定通り作業を強行しました。

稲刈り始まりの日の朝、母が神棚に御神酒を供え「作業の無事と収穫への感謝」で鈴を鳴らし拝みました。9月、10月の農山村は、仏様、神様へ特別の感謝を祈りご報告する季節とでもいえましょうか。

cimg6319-1cimg6334-1cimg6350-1cimg6360-1cimg6367-1稲刈りを楽しみにしている童も参加。「この角、ぼくが刈ったのだよ」と得意げでこちらに報告する童。2年生になれば、教えると角刈りもできるようになるもので、手伝いのうごきも一年増しに役立ち度が濃くなってくるものです。

cimg6366-1稲刈りのたんぼは童のよろこぶ生きものたちの宝庫。いつものように、稲株の間から跳び出したトノサマガエルやイモリをつかまえ、赤トンボを追いかけ生きものたちに遊んでもらっていました。今の時代のたんぼは、童たちにとって、動物園、遊園地、学校みたいなものですね。

刈り取り作業で感じた我が家の出来秋は、倒伏をきらい肥料をかなりおさえた分だけ稲株に勢いがありません。もみすり作業はこれからですが、今年は並作を下回りそう。

山の恵みたち

9月議会が終わり、稲刈りを初めるのは天気がよければあと2~3日後と計画していましたので、カメラを背に深山のミズナラに向かいました。もちろん、目的はこの土地の季節の食の華、ミャゴ(マイタケ)。

cimg6144-1cimg6148-1cimg6151-1cimg6156-1cimg6162-1cimg6177-1cimg6178-1cimg6183-1cimg6190-1cimg6192-1cimg6196-1cimg6197-1cimg6200-1cimg6202-1cimg6230-1cimg6253-1cimg6249-1広大な国有林内の渓谷、村でマイタケが発生するミズナラの巨木たちがある場所は、そのほとんどが急峻で、昔から土地のマタギたちが春のクマ狩りなどをした斜面の尾根です。
今では車道がかなり奥深くまで入る山が多いので、道路すぐ脇にミズナラがあり、たまに「サンダル履きで車から下りてマイタケ採った」などというめでたい体験をお聞きすることもありますが、それは例外。他の県や地方には、平らな山地にミズナラの巨木がたくさん植生のところもあり、それを見ると「うらやましい」です。

さて村の山。きつい尾根を何度も上がり下がりするのですから、村でのマイタケ採りに必要なのはまず持久力のある脚力と体力。それに、尾根から尾根へと移り渡るときに最短コースを選ぶとすれば所によってはかなり危険な斜面もありますから、転落を避けるためのちょっとした判断力も必要。つまり、どこをどう歩けばよいか、「山を知る」ということが大事ということでしょうか。ここで判断を誤ると、時々おきる「マイタケ採りで転落死、大けが」報道などのようになるのです。

頃は彼岸の中日前後ですから村の山ならいつの年でもマイタケは最盛期。それだけに、深山渓谷の尾根はいずこも人の入らぬところなどごくわずか。それでも、こちらに微笑みかけてくれる山神(女神)さまがいるもので、どなたも足をまだ向けていないミズナラ巨木もまれにあり、その根元から極上のマイタケ株を少しいただくことができました。

cimg6168-1cimg6206-1cimg6210-1cimg6243-1cimg6218-1cimg6223-1cimg6241-1cimg6233-1cimg6234-1cimg6238-1ほかに、かたちのいいハギモダシ(ホウキタケ)、カノガ(ブナハリタケ)、食べ頃のマスダゲ(マスタケ)、ワゲ(ヒラタケ)も。尾根から尾根への谷渡り斜面には、ウメバチソウ、ダイモンジソウ、リンドウが咲き、花に見とれて一息つくこともあります。

cimg6265-1cimg6268-1cimg6270-1cimg6273-1cimg6281-1cimg6278-1▼深山から戻っては、「アケビを食べたい」という童と里山に出かけました。途中、車道そばの林で茎が地中深くから伸びて長くボリュゥムのあるシトリテデ(ウラベニホテイシメジ)採りを体験してもらい、大好きなアケビもぎ採りも二人で楽しみました。

cimg6283-1今年の村は、シメジやラグヨウ(ハナイグチ)の仲間のキノコがどうも不作のようで、こちらの歩く範囲ではアケビも極端に少なく、ヤマブドウも実のつきがよくないようです。ヤマブドウが不作だと、ヤマドリやクマたちもこの秋はちょっとアテがはずれるでしょうね。

中秋の初物たちをいただく

9月定例会議がきのう終わり、教育長(鶴飼孝教育長)選任同意案をふくむ全議案を可決、認定、同意し散会となりました。一般質問の通告締め切りを行政報告の翌日正午までととりきめしてからの最初の会議でした。そのため会議期間はやや長くなりましたが、全体としては差し障りがなかったようで、まずは「よかった」です。

cimg6080-1cimg6085-1cimg6092-1cimg6114-1cimg6118-1cimg6122-1cimg6124-1cimg6127-1cimg6108-1cimg6132-1cimg6135-1▼昔から、「15日の増田のお祭がくれば、町の日(市日)にミャゴ(マイタケ)出る」といわれたものです。それから数日経っての彼岸入りとなれば、村の深山ではミャゴ(マイタケ)採りが本番の季節となります。

そういうわけでこの連休は、マイタケ採りで今シーズン最初の山入りの方々が多かったでしょう。まだ時期がちょっぴり早いですが、こちらも、通い慣れた30本ほどの高樹齢ミズナラの根元へ向かいました。

すでにマイタケの出そうなナラの木の根元は人の踏み跡が多し。めざしたナラの巨木がある尾根にも、先行のキノコ採り大先輩(プロを上回るほどのアマ)らしい姿が林越し遠くにみられます。

先行がいたら可能な限り山入の方向を変えるのが暗黙の礼儀。予定を変え、別の沢と尾根に入り、歩いて、歩いて、やっとめざす巨木の根元にたどり着くと、マイタケとしてはそんなに大きくない3つの塊がきれいな姿で見られました。

このミズナラからはほぼ毎年のように山神様からの贈り物をいただいており、なんともありがたい巨木です。「マイタケ採り」という覚悟で山入したこちらにいわせれば収穫量はほんの少しですが、まだ虫もつかず、よく成長した食べ盛りの塊です。頃も彼岸入り、エモノゴ(芋の子・サトイモ)、セリとあわせて3つの中秋の初物をいただきました。

前述の大先輩は、いい塊をかなり採られたようですが、こちらが歩いた範囲でのこの日の収穫はわずかにこの木一本だけ。過去にいっぱいいただいたことのあるほかのどの木にもマイタケの姿はゼロ。発生時期が遅れているのでしょう、もう少し日を重ねてみなければ今年の作柄判断はできないようです。

アガキノゴ(サクラシメジ)やシトリテデ(ウラベニホテイシメジ)、フジミャゴ(センボンシメジ)が顔を出しているはずと、里の山にも入りました。サクラシメジはこの山ではどうも極端な不作ぎみ。

センボンシメジがかろうじて3塊見られ、枯れた細いミズナラにカノガ(ブナハリタケ)、ウラベニホテイシメジも3本と、深山の小さなマイタケ3個をはじめ今回は3が妙につきまとう山入でした。

地元部落の敬老会

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先週からおこなわれていた各地区ごとの村の敬老会が、きのうのわが岩井川部落で終わりました。

村内全体の70歳以上の敬老会対象者数は745人。うちわが部落の案内者数は182人で参加されたのは60人を少し下回る数ということ。

敬老会に参加できる方はみな健康寿命で、あらゆる面で人生の大先輩たち。健康で長寿の秘訣に秀で、大先輩たちでなければわからない昔から伝わるくらしの技やくらしの知恵をいっぱいもたれている方々です。

今年も、「一人一人のもたれている大正、昭和と積み重ねてきた人生の経験、耕耘機もトラクターもない時代に馬で田んぼを耕した体験、洗濯機も冷蔵庫やミシンなどもない時代のくらしの体験を、子や孫、ひ孫さんたちに語りのこしてほしい。できれば書いたもので」というお願いと「一般質問や予算・決算委員会など議会へ傍聴にきていただきたい」のふたつをお願いしながらお祝いのことばを申し上げました。

今年は、大正5年(1916年)生まれの方で100歳、昭和元年(1926年)生まれの方で90歳という区切りの年ですから、敬老会に参加された方々の大半は昭和20年(1945年)生まれまでの方々です。

つまり、戦前、戦中、戦後と、政治をはじめ農業を含む産業、出稼ぎ(出た方も、家の留守をまもった女性たちも)までふくめ昭和史の大激動(この間、自立を決めた戦後昭和30年前後の市町村合併動乱もあった)を身をもって経てきた方々です。この一人一人の体験は村の財産であり、社会教育活動分野(たとえば老人クラブ連合会)などで、こうした体験を様々なかたちで文書としてのこすとりくみも必要と以前から思っている一人です。

形あるものの伝承は、その形をになう後継者づくりをして補わなければならないし、一人一人の人生体験は、その方に語っていただき、あるいは記していただき、言葉としてのこさなければ消えておしまいです。歴史の激動を越えてきた方々が健康寿命で過ごされている今、「体験の宝物を遺す」ということにいっそう気を注がねばと感じた敬老会でした。

準備したのに、ついカメラを持ち忘れ。掲載写真は地元の先輩が写した一枚を拝借してのもの。華やかな衣装をまとっておられるのは毎年すばらしい踊りで参加のみなさんを楽しませてくれる地元のみなさんです。もちろん、敬老会参加案内をいただいている方もこの中には幾人かおられます。自分がまず楽しみ、自分だけでなくその芸でほかの方々をも楽しませる、これぞ究極の健康長寿。その鑑みたいな女性のみなさんの姿です。児童館の子供たちのスコップ三味線と歌、谷藤翔太さん(小4)の民謡にもみなさん大喝采でした。

この連休には、山にも少し足を向けました。それは明日記します。

病院の運営委員会へ

決算特別委員会がきのう午前に審査を終え、すべての議案を認定とした委員会報告書が提出されました。

午後は、雄勝中央病院の運営委員会に出席。経営としてのおかれる各種条件が決して良いとはいえないもとで収益確保にも最大限の努力が尽くされ、利用者満足度アンケート調査では、比較的高い満足度評価をうけている雄勝中央病院であり、「みなさん、よく、努力されておられる」というのが私の実感です。

地域医療をしっかりとまもる最大の責任は政治にあり、とくに地域の中核となる病院の安定的な運営では、国、県の役割が大きいといえます。そのことを前提として当面の医療課題をとらえなければと思います。

ひずみの大きい日本の医療の現実、おかれた条件が全国みな違います。公的医療は、経営が赤か、黒かの単純数値比較だけでとらえられない課題です。人材確保の面でも、財政支出の面でも、政治の責務としてこれをとらえ、それにふさわしい方策をとってもらうために、地方からの声を上げつづけなければ、です。

cimg6048-1▼ゼンマイとともにたんぼの土手に植えているミズ(ウワバミソウ)がよく育って増え、今は実を収穫できる最終時期になっています。これを採るのは86歳になる母の楽しみ。今年は実のつきがいつもの年よりかなり少ないようです。

カモシカもこの実は大好きのようで、山の植生地には彼らの食べ跡がいっぱいみられます。たまに、カモシカとは様子のちがう大きな食べ跡も見られますから、これはきっとクマなのでしょう。先日の天正の滝ブナの森でも、ミズの群生地にクマらしい跡がありました。今の時期の山入では、沢筋のミズの植生場所には注意をはらうことが必要のようです。

今季最後の畦草刈り

今年最後の畦草刈りをきのう終えました。

cimg6038-1cimg6047-15月からこれが5回目の作業で、こちらは4回でやめようとも思っていましたが、「えねがりのずぎ(稲刈りの時)、クロさ(畦に)、スサあれば(草があると)、邪魔いなって、えぐねぇ。(邪魔になって、よくない)」と妻。それで例年どおり手抜きなし、ほぼ一月に一度のペースでの草刈りとなりました。

平成年代の山間部の稲作では、段差の大きい畦の草刈りがいちばん難儀なしごとになっているといってもよいでしょうか。農家からたんぼを借りて稲作規模を大きくした村内法人組織のみなさんも、作業量の多い畦の草刈りすべてまでには手がまわらず、貸し主の農家がその作業を担うというところが、畦畔面積の大きい地区ほど多いようです。「畦草刈りは、なかなかの労働量」ということが、こういうことからもよくわかります。

草刈りをすべて終えたたんぼを見るのは気分よいもの。この台地で産まれたトンボたちでしょう、オスのしっぽはだいぶ赤色を増しています。稲刈り盛りの今月下旬になれば、いかにも赤とんぼらしい体色になります。

▼行事があったらしく、学校が早あがりだった童が来たので、草刈りを終えてから天正の滝にむかいました。展望所から滝を見下ろしたら「下まで行きたい」と言います。幼児の頃から何度も滝壺まで下りていますから、何か魅力を感じるものがあるのでしょう。

cimg6051-1cimg6052-1cimg6053-1cimg6067-1cimg6076-1cimg6078-1cimg6073-1cimg6075-1下りる途中、ブナの林にはタマゴモダシ(タマゴタケ)、清水そばの腐朽木には極早生のサモダシ(ナラタケ)、そして滝壺脇の流木にはワゲ(ヒラタケ)があり、ダイモンジソウも花時です。

滝壺に近くなったら童は「泳ぎたい」といいます。目的はこれだったようです。でも、「まず裸足で滝壺の岸に入ってみろ」と言ったら水の冷たさがわかったようで、裸になろうとはしませんでした。

実のついたミズ(ウワバミソウ)も二人で少し採り、滝とお別れ。童は今朝の味噌汁で大好きなミズとキノコをいただいたようです。