71回目の成人式

きのうは村の成人式が「ゆるるん」で行われ、ご案内該当の方35名中、33名の新成人が出席されました。来賓の皆様を代表しておおよそ次のようなご挨拶を申し上げました。

▼私からもみなさんへどうしてもお伝えしておきたいことを二つ申し上げます。まず一つは、わが東成瀬村はほんとうにすばらしい村だということに誇りをもってほしいということであります。

一度自分の住む土地から外に出て暮らしてみると、自分の土地のすばらしさがよくわかる、よくそういうことがいわれます。

実はいま、村の様子を知りたいと全国から視察に訪れる方が多くなっています。その際、私は、村へお越しになるみなさんへ、まず真っ先にわが村の誇りを紹介します。栗駒国定公園、国内屈指の特徴ある温泉と花の百名山の焼石岳と栗駒山。知床や白神、屋久島などとならぶ国内有数の栗駒山・栃ヶ森山周辺森林生態系保護地域。そこのブナを主とする広大な林を貫く古の道・仙北街道。水道の水源はすべて自然の湧水。

日中と夜の大きな寒暖差と一定の高地だからこそ質の高いものを産する農業。食味評価の高いあきたこまち、とまと、菌床椎茸、いちごなどはその代表格で、農業では品質の高いりんどうの花も加わります。広大な牧野と林野を活用した肉用牛の飼育や林業にも村は適しています。産物と言うことでは市場で評価の高い村の山菜やきのこもあげられるでしょう。

自然や産物の誇りだけではありません。村はいま村政施行130年の歴史を刻んでいますが、これは昭和と平成の二つの市町村合併時に、各方面から強いはたらきかけがあったもののその流れに与せず、単独での自治を歩んだという大きな決断があったからで、これも誇りです。

自分たちのことは自分たちで決めるという地方自治のもっとも大切な柱を、勇気をもって大切にした村は、昭和、平成と自立のための村づくりに総力をあげてきました。教育や福祉をはじめとする先進的な子育て支援策、若者定住対策、農業、商工業への起業支援策、雇用確保策はそのひとつであり、これらのなかには全国から注目される政策もあります。

村道や用水路整備、その他の生活環境の整備でも、すみずみまでゆきわたった行政ということでの村の現状は、県内でもトップクラスといってよいでしょう。

みなさん、いまあげましたひとつの断片だけでみましても、わが村はこれだけ誇れるものをもっています。村内と、村から通勤可能な隣接する市や町には、世界の最先端を走る工場をはじめ一定の働き場所もあります。

私が、村の誇りをここであえて取り上げましたのは、国内においても、世界的な視野においても、人がくらす条件に恵まれたこの村を、もう一度みなさんにふりかえっていただきたいと思うからです。職業や居住地選択はそれぞれ自由ですから、これ以上のことは申し上げませんが、私は、67年間、村に暮らしてきて、そして全国の農山村を訪れ見つめてきて、東成瀬村は、「なんとなんとくらしやすい所ですよ」という一言をあえて成人となったみなさんへ申し上げたかったのです。

最後に、みなさんへもうひとつよびかけておきたいことがあります。みなさん、今日八月十五日は終戦記念日です。

村では戦没者への追悼式を毎年春五月に行い、役場庁舎には「平和な日本をめざす」宣言が掲げられています。尊い命を犠牲にして制定された平和憲法を大切にし、世界と日本の戦争の惨禍の歴史を学ばれて、成人としての使命のひとつといえる平和をまもりつづける役割を、どうか若いみなさんが引き継いでほしい、そのことを結びにお願いいたしまして、私のお祝いの言葉といたします。本日はまことにおめでとうございました。

花の百名山・8月半ばの焼石岳(その1)

ご来光は拝めぬものの、「なるべく朝早くの景色を見たい」と12日、朝4:46分に自宅を出発。歩き始めは5:10分。3合目「ンバシトゴロ(姥懐)」の駐車場には車が1台あり、窓を塞いでいる。夜中にでも到着したのか、まだ車中でお休みのようだ。

ということで、登山道にはどなたの足跡もない。前日の雨でそれまでにつけられた足跡はすべて流れ消えている。この日の東成瀬コースからでは、こちらが道へ足跡をつける最初の人ということになる。道を最初に踏むというのは、なんとなく気分がいいものである。

歩き始めてすぐ、雪解けの遅い沢で色鮮やかなエゾアジサイをながめ、県境際からわが集落の一部をのぞめる箇所に止まる。朝霧に覆われた集落をまずは写真に。
4合目胆沢川支流大森沢のブナ林は、いつも記すようにこちらが若い頃ブナ材の伐採・搬出(バチジョリや大ジョリの雪ソリで何カ所かに集材、それを集材架線で秋田側へ上げた)や、切り株へのナメコ栽培などで、雪の上、夏場、秋とはたらいたところ。いま残るブナの原生林はそのときに伐られなかったブナたち。みな、水沢営林署の旧胆沢町愛宕担当区管轄の国有林だ。その林、ブナの樹幹に朝日が差し込み始めた中を歩く。        6合目与治兵衛近くの川は、いつもの夏より水量が多い。奥羽山脈の東側に集中した先日の雨に続いて前日にも雨があったからだ。そういえば、大森沢の最源流部にもわずかの水流がみられた。登山道の随所で流水を気軽に飲めるのが焼石の特徴だが、この日はさらにどこでも流れる水が飲めるほどに水が豊か。
7合目柳瀞(やなぎとろ)手前の小さな湿地のミズバショウが倒され、茎が折られている。何ものかが座ったような跡もある。まちがいなくツキノワグマの仕業だ。湿地には、ミズギクだろうか6~7輪の花がみられる。                  8合目焼石沼手前「タゲのすず(岳の湧水)」の水枡に桃太郎トマトを冷やす。手を浸してみて数秒間しか耐えられぬほどに冷たい清水で喉をうるおす。こちらが小学生の頃は、ここに日本短角牛(あがべご)の自然放牧を監視する小屋があった。沼のそばにその小屋が移ったのはそれからずっと後で、今はもちろん自然放牧も、小屋の面影すらもない。
沼到着は7:40分。鳥海山がアザミの花のむこうに見える。朝飯を立ったままでとり、ゆうゆうと岸による大イワナたちを見つめる。昔も今も沼はイワナとニジマスの宝庫。近所のガキたちだけで夏休みに登り、泊り、自炊し、ここで泳ぎ魚を捕ったガキの頃を思う。沼の草原にいっぱいのエゾノクサイチゴはおいしい実の時期がほとんど過ぎている。残っている実のいくつかをつまみ懐かしい味を口にする。夏の草原に真っ白に映えるオニシモツケも大方は花が過ぎた。草原周囲でいま見ばえがするのはアザミと大型のサグ(エゾニュウ)、白装束のヤマハハコ、それに猛毒のトリカブト。

晴天に恵まれたお盆の入り

お盆13日は、地元集落恒例の夏祭りで花火の打ち上げも。

村内では、12日夜に滝ノ沢集落で花火打ち上げなどを含む夏祭り行事がありました。きのうは伝統の田子内盆踊りを軸にした田子内集落の夏祭りも永傅寺境内で行われ、この集落でも花火が打ち上げられたようです。大柳地区でも恒例の夏祭りがやはり13日夜に行われました。

花火でこちらが思いおこすのは、先日の焼石岳で見たサグ(エゾニュゥ)の花。焼石のサグは里山のそれよりはるかに背が高く、花はまるで花火のよう。青空を背景にして見上げれば、花火の季節によくお似合いの花だなぁと思わせられます。

きのうも今日も晴天に恵まれた今年のお盆。予想したように先日の大雨で増水し濁った成瀬川本流もほぼ濁りがなくなり、水位もだいぶ下がり川遊びには手頃となりました。

わが集落の合居川が成瀬川に合流するちょっと手前の「イワエドコ・岩井戸っこ」のすぐ上流は手頃な水遊びのできるところ。露出した岩があり、水量が多くなく、カジカやイワナもいて、そこは、昔から集落の子どもたちに人気のある水場でした。

昨日は、そこで水遊びを楽しむ家族連れがみられました。きっと、そこで昔遊んだ帰省の親御さんが、子ども(お孫さんかな)たちを連れ出したのでしょう。こういう川遊びの家族連れ姿がポツリポツリと見られるのもお盆ならではのことです。

 

 

共同作業。花の焼石山行

数字の区切りで1年の半分といえば6月でしょう。でも、雪国のくらしで感ずる一年の半分は、8月お盆までとお盆後という区切りがふさわしいような気がします。

そのひと区切りのお盆を前に、わが集落内の草刈り(国道や村道沿線、公園など)共同作業が11日に行われました。

村内ではすでにこの作業を済ませていた集落もあり、わが集落などが終わったことで村内全体の道路筋がきれいになりました。

7日には村内恒例の墓地掃除もほとんどの家々でされていて、きれいすっきりした環境のなかでお盆を迎える日が今年もやってきました。

▼きのうは、いつものことながら突然「タゲ(焼石)に行く」と告げ、早朝に出発。

実は、夏の花の盛りやご来光(オホーツク気団が雲海を生む頃)を拝もうと7月下旬から8月初めを計画。知人といっしょの夜山行を予定していたのですが、天候悪化でそれは断念。後も行事日程で今年の雲海ご来光詣は念願かなわずになっていました。

今回は、ご来光を拝めなくても、「花盛りの時期は過ぎただろうが、ええ花景色のいくらかは残っているはず」と即決しての日中山行。もちろん突然ですから一人歩き。

植生の多さ、目立つ姿ということでの夏の焼石の花をあげれば、アザミ、ハクサンシャジン、ハクサンフウロ、タカネナデシコ、トウゲブキ、マルバダケブキ、タチギボウシ、ミヤマリンドウ等々が夏を代表する花でしょうが、アザミ、ミヤマリンドウをのぞきそれらの花期は過ぎ具合でした。やはり、夏の花は7月下旬から8月はじめがよさそうです。

花の様子がそういうことなので、横岳方面など、いつも花が遅くまで残っている登山道をめざし、花盛りの草株をさがし歩きながら所々でカメラにおさめました。9合目分岐など雪解けの遅い湿地には遅れて咲いたタチギボウシが真っ盛りで、ちょっと時季外れの山行ではこういううれしいこともあるものです。岩手山や早池峰も頂上だけがのぞめました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時期が少し遅くなったおかげで、ミヤマリンドウがこんなにいっぱいの焼石は久しぶりのこと。何度何度も「ええな、ええな」と立ち止まりながら可憐な花たちをながめ続けました。背高のっぽのエゾニュウも、焼石の花姿は夏空にお似合いでとりわけお見事です。

今日は、花景色のいくつかを切りとってご紹介です。最後の猛禽類の写真は、焼石頂上でみかけた鳥です。なんというタカでしょうね。後に山行の全体を記します。

 

政も商いも正道を

わらび座の新作ミュージカル「北前ザンブリコ」の招待公演があり、きのう午後は田沢湖のわらび劇場へむかいました。

新作ミュージカル公演のご案内をいただくのはいつも桜が咲き始める頃の春なのですが、今年の春公演はこれまでの作品の再演でした。新作が間に合わなかったためでしょうか、わらび劇場での今年の新作公演は夏からということになったようです。

今回の舞台は文字どおり北前船に焦点をあてたもの。わらび座のこれまでのミュージカル作品に通ずる骨格ともいえる「人はなぜ生きるのか、どのように生きるべきか」を問いかける内容なのだとうけとめながら観劇しました。

北前船は商いの荷を運ぶ船。商いイコール市場経済、イコール利益追求ということですが、利潤をめざす経済活動にも質のちがい、質の大切さがあることを舞台はうったえます。

現在の日本で顕著ないわゆるルールなき経済活動は、資本主義経済そのものをおびやかすほどのゆき過ぎた「格差構造」を、リスクとして社会に生み出しているとされます。

政府の総合規制改革会議の最も責任ある立場を長年つとめたほどの方が「そういう資本主義でいいのか」と発言し、また別の財界当事者からは、日本の「非正規労働者の増加」を改めねばという率直な声が出されてもいる昨今のようです。

真っ当な経済活動ならどなたも認めるでしょうが、ルールからはずれた商い、経済行動は卑怯な商い、卑怯な経営ともいえます。過労死も不払残業もそういう卑怯経営の下で生まれます。よく報道される諸々の経済不正、公的補助金の不正受給などもその一例でしょう。

ほんとうに優秀な経営、経営者とは、そういう「卑怯」と「姑息」な振る舞いのない、堂々と正道を歩んで真っ当な利益をあげられる方のことをいうのだと、こちらは思います。

ところで、経済と政治はきりはなされない関係にあります。

8月7日付の秋田魁紙は、その一面に、湯沢市出身のニューヨーク大名誉教授・佐藤隆三氏の「米国が異常と見る日本政治」と題する時評を載せました。それは、加計学園の獣医学部新設問題、森友問題と公文書改ざん、忖度政治、三権分立の在り方などをふくめ、ニューヨーク・タイムズ紙がそれらを論評した記事をとりあげての評論でした。

佐藤氏の評論は毎回読みます。佐藤氏はニューヨーク・タイムズ紙がとらえた「日本政治の異常」さ、「度の過ぎた違法行為」を我々に知らせます。その「日本政治」をそのまま「日本経済」の言葉に置き換えてもいいほどに、日本経済の中枢も劣化しているのでしょうか。わらび座「北前ザンブリコ」は、「日本よ、人よ、いま正道を」と問いかけているのかも。

新庄・最上地方のみなさんと高速道整備要望

新庄・湯沢間の高速道路整備促進で、きのうは山形のみなさんとともに湯沢河川国道事務所への要望に向かいました。副村長とともにです。

局地的な豪雨に先日おそわれた山形では、戸沢村で最上川が氾濫するなどいくつかの箇所で被災。

国道47号線も、この日まだ通行止め箇所があるということが山形のみなさんから語られました。関係する町や村ではそのためにこの日の要望に急きょ参加できなくなったところもあったようです。今回も湯沢それに新庄の商工会議所のみなさんも出席です。

▼湯沢へ出かける前には、成瀬ダム工事事務所の所長さんと総務課長さんがお見えになり、9月15日に行われる成瀬ダム本体工事着工式のご案内をいただきました。同じように、本体工事にあたる業者さんも来庁され、同日に行われる安全祈願祭へのご案内もありました。

▼午後はやりかけていた薪の嶋積み(屋外へ積み置くこと)作業をようやく終えました。我が家は、2年分の薪をたくわえるのがいわば「家風」。この5張(5㎥)の薪は今冬ではなく来年の秋から焚く燃料です。これで春からの、切る、割る、運ぶ、屋外に積むの一連作業は一区切りをつけたことになります。

薪を運ぶかたわらの野には餅イチゴ(エビカライチゴ)が熟れきっています。こぼれそうになったその実をいくつかつまんで口に。

特有の甘みでとってもおいしい木イチゴですが、ほかの木イチゴより極端に植生は少なく、わが集落でもこのイチゴを私がみかける箇所はたったの一箇所だけになってしまいました。村では「絶滅危惧種」扱いしてもよさそうになったイチゴです。

▼トビダゲ(トンビマイタケ)の幼菌を、集落の山菜採りセミプロのTさんからきのういただきました。こちらにとって幼菌は今年の初物。このキノコの幼菌だからこその軟らかな「きのこ肉」の歯ごたえ、味覚を、煮付けと一夜味噌漬けでごちそうになりました。

Tさんは「まだ、若いのがいっぱいあった」と語っていたそうです。このキノコ、今が真っ盛りのよう。今年は数年ぶりといえる大量発生、当たり年のようで、品質も申し分のないかたちをしています。ブナ大木の根元を囲んで大量に発生する真っ白サンゴのような幼菌を、写真におさめたいですね。

▼今日は長崎への原爆投下から73年目の日。6日の広島とあわせ「6.9」の日として忘れられない夏の日です。覇権をめざす侵略のための戦争、核兵器、生物化学兵器、みな支配強欲の最も醜悪な、国家という名をかむった暴力のひとつの姿です。戦争許すまじ。

県南食文化の象徴、盆のトンビマイタケ

過ぎた2日午後やや遅く、今年初めて沼又のブナの森へトビダゲ(トンビマイタケ)きのこをめざして30分ほど山入り。4日には2時間ほど合居川渓谷へも向かいました。

そのキノコが顔を出すブナだけをめざしたのですが、ほぼ毎年いただいているお目当てのブナの一本は冬にでも倒れてしまったのでしょう、ドーンと横になっていました。

 

 

 

 

トビダゲは典型的な木材腐朽菌。この菌にとりつかれたブナはたいがい10年前後で朽ち倒されます。例外をのぞいて、木が倒れるとキノコの出が早くなり、この倒れたブナにも一週間以上先に顔を出したのでしょう、残った根株などに老いてしまったキノコがいくつか見られただけでした。

こういう老菌のトビダゲを「飛ぶようになったキノゴ(キノコ)」と村人は呼びます。トンビ色をしたキノコの名前にそれはいかにもふさわしい呼び名です。

村の直売所には、かなり前から出ていた栽培もののトビダゲに続いて、3日あたりから天然物の幼菌も出されるようになりました。プロの方は、「今年のトビダゲ、早生は出がいいほうだが、モノは良くない」といいました。中生、晩生の質ははたしてどうでしょうか。

出始めの売値は1㌔㌘あたり3,000円。幼菌だと一塊2,500円~3,000円ほど。それらまだ軟らかいキノコは、人気があってたちまちのうちに売り切れとなるようです。大量発生の幼菌にブナの根元で運良くあたったら、10㌔で3万円。20㌔などそんなときは簡単に採れますから一日の稼ぎ高がわかるでしょう。県南のトビダゲはそれほどに値の高いきのこなのです。一日で幼菌40㌔ほどを背に(二背)することもあるのです。

その幼菌の一夜味噌漬けをごちそうになりたくて山入りしたのですが、残念ながらサンゴ状になった真っ白な幼菌とは出会えませんでした。

岩手の胆沢川流域に向かえばそういう幼菌のあるブナの木をたくさん知っているのですが、村と接する奥州市と一関市の野生キノコはまだ放射能汚染が理由で流通・販売は禁止。そのため自家食用としての採取そのものも、こちらはここしばらく自粛しています。

同じ岩手でも原発事故から少し北に離れた西和賀町と北上市は規制なし。ですから、わが集落の人々が昔からキノコ採りに通うもう一方の南本内川流域のキノコはだいじょうぶ。

そういうことなのでこちらが一番向かいたい胆沢川流域には行けません。早く、奥州市で野生キノコの汚染解除がされればと、待ち遠しくしています。

とりあえず今回は、トビダゲの老菌とチンダゲ(チチタケ)、それにワゲ(ウスヒラタケでしょう)をカメラにおさめて、すごすごと帰路につきました。

大川での初泳ぎ

「川で泳ぎたい」という小学校4年生の童とともに3日午後は自宅前の川へ。

4年生になると、夏休みの土曜、日曜でも童はあれこれとあってなかなか機会がなく、この日が今夏はじめての大川泳ぎです。

ここの大きな淵(通称・さくらぶち)は、私らが子どもの頃からおとずれた遊びの適所。淵はイワナやヤマメ、川ザッコ(ウグイ)など渓流魚たちのたまり場で、渕尻の瀬には多くのカジカもいます。

童といっしょにこちらも初泳ぎ。カジカやおたまじゃくし、ウルミゴ(この夏生まれたウグイの子)たちにも遊びに加わってもらい、小石の水切りもまじえて二人してひとときの大はしゃぎです。

何十年ほど前になるでしょうか、採石業者によって周囲の河川敷から石や砂利を大規模に採取する事業があって後、この河川箇所の流れ河川敷の様相が大きく変わりました。昔とちがって渕尻の瀬も広くなり、河川敷全体で手軽に歩ける範囲が大きく広がったのです。

ここは、夏はもちろん、春も秋も冬も、童たちにとっては遊びの楽園です。こちらがガキの頃の50数年前も、魚獲り、木の実採り、川遊びなど、ここでの忘れられない夏の日のあれこれが、思い出の引き出しにはいっぱい詰められています。

晴天続きの夏に加え、今は田んぼへの取水を止めていた「中干し」が終わり、出穂の時をむかえた圃場へいっせいに水が取水されています。ですから、おとといまでの川の流れは年間で最も細い様子を見せていました。

平野部のたんぼでは、水が少なくなるこの季節によく行われる「番水(水を順番につかう)」がはじまっているところも先週まではあったと横手盆地・十文字方面の方からお聞きしました。

その水の細くなった川も、先日の雨で増水し、ちょうどいまは通常の夏より流量が多くなっています。村の作物にとっても、平野部の田んぼにとってもあの雨はまさに「恵みの雨」となりました。この様子だと、お盆に帰省されるみなさんにとっては濁流も澄み、流れの量も適度で、川遊びにほどよい清流となりそうです。

こちらは恵みの雨となりましたが、山形の最上地方などをはじめ河川の氾濫による浸水被害が発生。被災の様子を視て、複雑な気持ちになりました。

台湾女性6人も参加の仙人修行

定員いっぱい25人参加の第34回仙人修行が、3~5日にかけて行われました。

今年の参加者には、取材もかねてでしょう、朝日新聞秋田総局の女性記者Iさんや、台湾からお越しの女性の方々6人もみられました。

わらじ造りの手ほどきをされた村の古老の方々の中には、98歳になるこちらの伯父が今年も加わっていました。指導にあたる方々はどなたも健康で、毎年同じメンバーで修行のみなさんをおむかえできておりますから、主催側にとってもありがたいことでしょう。

開講式の参加者自己紹介で、「日常と違う体験をしてみたい」旨などをほぼ共通して語られたみなさん。天候に恵まれた中での村でのひととき、お一人お一人、はたして村のどんなことが印象に残ったでしょうか。

▼先月末から我が家の田んぼでも穂が出始めました。ただ、苗の供給元にちがいがあってなのかどうかわかりませんが、植え付け時期は同じ圃場でも5日~一週間ほど出穂はじめにバラツキがあります。こういうことはあまりないことです。

7月から8月と晴天続きですから「ケガヂ(凶作)」の心配はほぼなくなりました。が、初期の生育不良など苗に関わる諸々の影響が、最終的な収量や品質にまでどんな結果となってあらわれるか、これからの稔り具合に関心が注がれます。

▼きのうは広域市町村圏組合の消防庁舎工事の安全祈願祭へ。新しい庁舎は厚生連の旧雄勝総合病院跡地へ建て替えられるもの。

建築工事は湯沢市横堀の(株)三友建築所が11億6,856万円で、電気設備工事は(株)ユアテック湯沢営業所が2億7,108万円で、機械設備工事は湯沢市の(株)岡田水道施設が2億1,254万4千円で契約し工事が進められます。工期はいずれも来年の8月31日まで。

あわせて、通信系統の高機能消防指令センターも設備更新されることになり、それは沖電気工業東北支社と3億4,884万円で契約されています。工期は再来年の3月25日まで。

これらの新庁舎の建築・設備、指令センターの総費用額は20億1千万円余となります。広域行政では、圏域住民のくらしをささえるカナメとなるクリーンセンター、ごみの最終処分場、ごみ処理場、そして今回の消防庁舎と、設備への大きな支出が続いています。

新議員が初の議会へ

村議会の臨時会議がきのう開かれました。

議会事務局提供

先の補欠選挙で当選された新議員お二人の議席指定や常任委員会と特別委員会への配属などを決め、西日本豪雨への義援金(日本で最も美しい村連合加盟の被災地)や中学校野球部の全県大会出場応援費用などをもりこんだ補正予算案の審議などが行われました。議案は原案可決です。

議会前には全員協議会も開かれ、秋田栗駒リゾート(株)の平成29年度営業状況報告の説明も行われ、この報告も後の議会に提出されました。

新議員にとってははじめての議会です。お二人とも当村役場の課長職を勤められ定年退職された方々ですから議会の雰囲気は了解済みでしょう。が、お二人が在職していた当時とはちがって議会は通年制となり、議会の委員会構成のしくみや運営基準などは以前と比べかなりの変化があることを感じたと思われます。

開会の挨拶ではお二人にたいして「議員必携などに記されている議員としての心がけを大事にしてほしい」旨を込め、一言のお祝いを申し上げました。