和歌山市議会のみなさん来村

きのうは和歌山市議会の誠和クラブ(会派)のみなさんが来村。小学校を訪問し学校運営の説明を受けながら子どもたちの授業を視察されました。

議会事務局提供

会派の幹事長さんは若い議員さん。議員さんのなかには娘さんが教諭をされている方もおられました。質疑応答を通じて、村の教育と和歌山の教育の共通点やそれぞれの特徴について感ずるところがあったようで、率直な感想がのべられました。

午後は冬囲いの第2陣で夕方までびっしり。先日の第1陣で小さな花木たちは囲ってあり、きのうは住宅と小屋です。のこり第3陣の農機具格納庫囲いは里への初雪だよりが聞かれる頃になるでしょう。

畑では、88歳の母が夏から育てた大根と白菜の収穫を終えました。お米は約1年半分、味噌も2年分、山菜、キノコは瓶詰め、漬け物でたっぷり。そして野菜も春まで食べる分はこれでおつりがくるほど十分の蓄えができました。

燃料も2年分の蓄えがあり、水はいつでもあらゆる手段で手に入りますし、これに、果物(主にりんご)も半年分ほどをこれから求めますから、これで冬は安心して越せそうです。雪国農山村の冬は、クリ、クルミ、ドングリを蓄えて冬を越すリスやネズミとなんだかおなじような暮らしのスタイルですね。

冬支度その一、自家用生活用水の貯水タンク掃除

少しずつ、冬を越すためにしておかなければならない降雪前の支度にとりかかっています。

 

きのうはまず、自家用生活用水の取水口に設けている貯水タンクの掃除に出かけました。

 

タンクは清水の湧き口に取り付けているので掃除はいたって簡単。でも、そこまであがるのには一汗をかきます。

 

取水口そばの小沢の石は何千年もの長い間絶えずに流れ続けてきたのでしょう清水の湿りで苔むし、そこはトトトト、トトトトと落ち下る清水の音、それに苔の緑が輝き、春から秋までなんとも素敵なところです。たとえば雪解けの春は草木の芽吹き、秋ならそれに紅葉景色や落ち葉も加わります。ですから、まるで清水が奏でるシンフォニーのなかで絵画をみているような、そんな場面が眼前にひろがっている雰囲気です。

 

こんなところに名の知られた作曲家がもし足を踏み入れたなら、どんな名曲がうまれるのかな、などと思いながら掃除を済ませました。

 

貯水タンクのそばに植えてある山ワサビは緑を濃くして年々大きく成長しています。沢筋でいま目立つ木の実は橙色のニシキギの仲間。むかしはこの柴木を竹ほうき代わりの外ぼうきとしてよく使ったものですが、いまそんな用い方をする方はいなくなったでしょう。

 

 

帰路、用水の沢沿いで耕されている畑をながめ車をとめました。幾度も記してきたようにこの沢沿いで耕作を続けているのは83歳になる集落のKさんの家だけ。かつては何戸もの農家がこの沢でもたんぼや畑をつくっていましたが、ついに一戸だけとなり、そのKさんも一昨年からたんぼは止めて畑だけに。それでも、たったお一人でも作物の栽培を続けていれば、農道も畑もたんぼも沢も荒れずにこうしてきれいに維持できるのです。

人の手が加えられるからこそまもられる自然と調和した農山村の典型的な景色。この沢でお米がつくられなくなったことは残念ですが、せめて畑だけはなんとかこうしてずっと作り続けてほしいものです。おいしいあきたこまちをこの沢でつくりたい方は、農地のご紹介を農業委員会がいつでもお引き受けできるでしょうからお問い合わせください。

 

最後は農道からながめた晩秋の集落の片隅です。先日の電車の沿線もそうでしたが、たんぼの穫り入れが終わった農山村って、全国どこでもほんとに静かなものですね。

▼5日付のさきがけ新聞27面は、4日の県ジュニア将棋大会の結果を載せ、わが東成瀬小学校4年の杉山秋さんが中学生と決勝を戦い準優勝獲得を伝えました。おめでとう。

 

国会と政府へ、そして首都圏なるせ会へ

 

 

1日~2日と、国会議員会館、国交省、総務省、財務省、菅官房長官(総理官邸)へ村の要望を届けにまわりました。

 

 

 

 

 

3日は首都圏なるせ会の30周年を記念する総会が行われ、要望活動に出席した議員全員で会場のホテル椿山荘東京に向かいました。

 

 

 

 

この5日間ほど、岩手山をはじめ東北の高嶺は薄い雪化粧のままですが、都内も村も列島はひろくおだやかな晴天続き。要望活動での永田町や霞ヶ関での屋外移動も、なるせ会での動きでも爽快な気分で歩くことができました。

 

要望ではいつものようにみのり川代議士事務所のみなさんにご難儀をおかけしました。毎年のことながらありがたく、あらためてお礼を申し上げます。

 

▼なるせ会の総会では役員改選もおこなわれ、同級生の冨田秋雄さんが新会長に就かれました。前会長の高橋政勝さんをはじめとする役員のみなさんのご苦労に感謝を申し上げながら、新会長をはじめ新しい役員のみなさんへの期待を込めつつ乾杯の発声をさせていただきました。

 

 

 

 

村のホームページをみて初めて総会に参加されたという40歳代の女性の方(Aさんとしておきます)が、こちらが会場に到着したらすぐに歩み寄ってこられ、ブログ、とくに山のことなどを楽しみに見ている旨を語られました。「ブログを読んでいただいている方々のそういうささやかな楽しみを損ねないよう、ていねいに発信しなければ」と、語り合いのひとときをつくっていただいたAさんに感謝しながら心に留め置いたところです。山歩きが大好きな方のようでしたので、「焼石などをご案内しますよ」とおすすめしました。

 

懇親の場ではほかにも「00の妹です」と3人連れのはつらつ女性のみなさんからも突然お声をかけていただきました。その方々は田子内地区のご出身で、ご三方いずれのお兄さんもこちらと同期で、先日に村内で同期会をおこなったばかり。その妹さんたちですから、村のそうした動きもご存知のようでした。パッとまわりも明るくなるような女性のみなさんの笑顔と元気な声での語り合いも、とってもうれしいひとときとなりました。

 

 

村の里山も、新幹線の車窓からのぞむ仙岩の峠(写真)も、往く1日は紅葉が盛りでした。それが4日後のきのうの村は色あせ、もう落ち葉のシーズン入りです。さあ、里への初雪がまもなくであろうこれからは、行事がなければ冬支度に明け暮れの日々となります。

県町村議会議長の視察研修で宮城県へ

議長会の視察研修で宮城県利府町(人口3万6,220人)と七ヶ浜町(人口1万8,909人)を訪れました。

利府町議会の櫻井議長さんは全国町村議会の会長在職中であり、ここでは議会活動の改革や町づくりについて学び、七ヶ浜町では東日本大震災後の町づくりと、やはり議会活動について学んできました。

利府町議会は、長年にわたって議会広報の全国コンクールでも優秀な成績を得ていて、その面でも全国の町村議会から注目されてきた議会です。たいがいの場合、広報活動が優れている議会は議会活動そのものも活性化されているものですが、利府町議会もそうした議会のひとつといえます。

議会としての典型的な活動のないところに優れた広報活動はまずありえないからです。「議会広報だけは立派」ということはほとんどなく、住民の代表としての議会活動がしっかりやられていればおのずと広報活動も充実してくる、住民のための広報活動という意識がゆきわたっていれば議会活動も充実してくる、そうした相互作用があるのかもしれません。

東北、北海道で一番面積が小さいという七ヶ浜町は、大震災で多くの町民が亡くなられ、
文字通り浜に接する町は大変な被害を受け、その復興・復旧にとりくんできました。

その歩みを役場でお聞きし、役場庁舎の屋上で太平洋や各湾を見渡しながら津波に襲われたその時の町の様子の説明も受けました。後に、震災後のまちづくりの現場各地を大町議長さんや町職員のみなさんにご案内していただきました。

お世話になりました2つの町の議会のみなさん、事務局長さん、担当の職員さん、七ヶ浜町の副町長さんには、あらためてお礼申し上げます。お忙しい中ありがとうございました。

▼約10日間成長を待っていた晩生のハタケシメジを先月24日にやっと地面から離しました。

たいがいのキノコがそうであるように、気温が低くなると成長の進みが鈍くなります。ごく普通に見られるハタケシメジはほとんどがシーズンを終えていますが、写真のきのこが顔を出す所は発生条件がすこぶる良いらしく、初夏から晩秋、初冬まで採り続けることができます。

しかも、ほかでは見られないほどの大きな株が多く、私にとっては採る、撮るの対象としてここのハタケシメジはとってもありがたい存在です。それに、味も、キノコとしては最高級の格付けをもちますから、そのありがたさは格別です。

この株の脇にはまだ小さな幼菌も見られます。それは里山に初雪が降りユギノシタキノゴ(エノキタケ)が顔を見せる頃まで成長を続けるでしょう。私のキノコだよりはそれまでいましばらく続きます。

キノコのことでは、これも記録的なことなので記しておきます。きのう宮城から帰ったら「これ、Aさんから、もらったの」と、大きな大きなムギダゲ(ムキタケ)を妻が差し出しました。

その大きさには、こちらもびっくり。長年キノコ採りをしていますが、こんな大きなムキタケを観たのは初めて。しかも写真(皮をむいた後)の一つ一つはひとつの株となって重なり発生していたのですから、これには「驚き」です。自然って、こういうケタはずれのことも時々ありますから、奥の深さがあるものですね。

なごり惜しい崖紅葉

27日、産業祭を終えた足で合居川渓谷いずくらと天正の滝の崖紅葉にまた車を向けました。雨天、散り始めの紅葉も風情があるだろうと見込んでのことです。

雨と弱い風で道路には落ち葉が目立ち初めていたものの、予想したとおり散りはじめに雨の崖紅葉もまた見事なものでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

写真の前段は25日、晴天見頃ピークの崖紅葉。後段が27日、雨天散りはじめの崖紅葉です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブナなど高木帯の樹下では、トリキ柴(クロモヂ)の黄や、コサバラ(コシアブラ)のやわらかな白色が林内を明るくしてくれるほどに色づいていました。

天正の滝の源流となる焼石連峰の名峰のひとつ三界山は裾まですっかり落葉が終わりました。焼石連峰も栗駒連山も奥羽脊梁の木々は、もういつ雪が降ってもだいじょうぶの段取りをととのえ済みです。

51回目の村産業祭

農林産物やその加工品、民芸品などを展示し、優れた産品を表彰する村の物産祭り、第51回目の産業祭の表彰式が27日に行われました。

おなじ「あきたこまち」でも秋田県南のそれは毎年全国の食味ランク比較で特Aクラス。そのなかでもわが村の「あきたこまち」はトップ級の食味値をもつことで知られ「オメダほうのこまち食ってからなば、ほがのこまち食われねェ」と引く手あまたのお米です。

そのお米と、これも最高級の味をもち「村のトマトでなければ」とわざわざほかの地域からも直売所に来られるほど人気の高いトマト、そして菌床シイタケ、美しさの質で評価の高い花卉のリンドウ、私たちが誇れる農産物などがあることはほんとにうれしいもの。それも、この日受賞されたみなさんの努力があってこそのことです。

村は、全国、全県に知られる葉たばこ栽培のすぐれた歴史をもち、養蚕や、自然放牧の日本短角種をはじめとして農畜産業ですぐれた実績をのこしてきています。そうした先人・先達の努力のうえに、たとえば畑作物栽培のその技をひきついだ今日のみなさんのご尽力が今ではトマトをはじめ各種野菜として会場に展示され、表彰された物産にはその歴史がこめられています。

そういう感謝の思いもこめ、表彰されたみなさんへのお祝いの言葉を申し上げました。写真には今年の出来秋の喜びがいっぱい詰まっている展示品の一部をとりあげました。1等賞には、私の同級生もふくめ毎年欠かさず名前を連ねる方々もおられます。その技、たいしたものですね。

今年の産業祭では少し残念なこともありました。それは昨年まで長く出品されていたりんごが見られなくなったことです。りんごや洋なし、モモなどの果樹は、かつて下田地区と滝ノ沢地区を中心に、さらにりんごは成瀬川上流部の岩井川や五里台地区で、ブドウも岩井川地区でも栽培されていました。りんごは、豪雪被害などで下田地区が栽培を止めてからも滝ノ沢地区で続けられていましたが、自家用などごく一部をのぞいてその滝ノ沢地区でも栽培農家がほとんどいなくなり、今年からは産業祭へのりんご出品も絶えました。

今思えば、世界有数の豪雪の村でよくりんご栽培を長年続けたもので、その苦労はなみたいていでなかったでしょう。県下有数の養蚕、葉たばこ産地、それに豪雪下での果樹、そういう農の歴史があったからこそ今の農があることを忘れたくないものです。

展示されている土器は、今年掘り出された縄文土器をはじめとする上掵遺跡の土器、石器です。縄文時代の人々が暮らしてから数千年後に開かれている産業祭、そこにならぶ数々の産物と土器。なんだか祭りに縄文の人々も参加しているようで、とってもふさわしい展示と思ったところです。
▼きのうは、新庄最上と秋田県南の市町村が高速道整備で河川国道事務所へ要望しました。

子ども議会

26日、春から準備を重ねていた子ども議会が開かれました。

議会事務局提供
議会事務局提供
議会事務局提供
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実は今から18年前の平成12年、2000年夏、東中生たちによる「模擬議会」が一度行われていますが、今回のように小学生と中学生がいっしょの「子ども議会」は全国的にもめずらしい事例だったと思われます。

小学生3人、中学生3人が一般質問に立ち、答弁は村長。執行部席には通常の議会とまったく同じように課長たちが座り、議長、副議長、質問する議員役以外の議員も配置され、傍聴席には全児童、生徒が代わる代わるつき、在校のすべての子どもたちが約1時間半の議会を体験しました。

議会がすすむ様子を議場の片隅で見学していた私は、子どもたちが真剣な表情と言葉で「村のことや村の政治に対する思い」を質問する姿を目にして一人の人間としての「子どもの権利」、「一人一人の村民」ということの大切さをとても強く感じました。

政治というものに我々が直接参加するためには法律で選挙権を有する「有権者」という括りがあり、また年齢による選挙権や被選挙権という規定もあります。子どもたちはそういう定めの範囲からははずれるわけですが、人間としての権利があり、小学校高学年や中学生になれば社会のことをよくとらえていて、それらに対して自分の考えをはっきりと主張できる存在に成長しています。法に定められた政治参加の権利はないけれども、一人の人間として「こうしてほしい、こうあるべき」という考えは立派にもてる存在なのです。

子ども議会の一般質問は、村の総合発展計画に目を通して準備されたものもふくめいずれも大切な内容を含んでいました。名前は「子ども議会」ですが、子どもたちが日々の暮らしの中で「こう、あってほしい」ということを質問するのですから、それは大切な「村民の声」です。

「子ども議会」を通じて、子どもたちの思いが村民の声として直接村政に届く、今回の1時間半の議会は、教育の一環ではありますが、従来からの「模擬議会」という範疇をこえた、まさに児童代表の声、生徒代表の声、一人の子ども・村民の声が届けられた子どもたちのための「子ども議会」になったと思います。

▼きのうは東成瀬中学校19期生の同年会でホテルブランへ。19期生は中学校が統合前の同期ですから小中ともに地区ごとに別の校舎で学んだ同士。それでも、幾度も同期会を重ねているのでみんなお互いをご承知で、久しぶりに楽しい語らいのひとときを過ごしました。語らいの中では、来年、再来年とこれはそれぞれの地区ごとに行われる「古希の同級会の段取り」も話題となっていました。昭和25、26年生まれの19期生もそんな齢になりました。

落ち葉が始まる頃のキノコたち(その2)

今日はコナラ(シモフリシメジ)の登場です。

ホンシメジにはない上品な香りが特有のシモフリシメジ。霜の降り始める頃に顔を出しますから、自然の様子をとってもよくあらわす名前をつけられたキノコです。我が家では、その香りと味を損ねないよう瓶詰めにして、ホンシメジとともにすまし餅(お雑煮)の具としてお正月に食します。

秋が深まる頃に顔を出すキノコなので、新しい落ち葉をかむっていて最初のひとつを発見するのに少し時間がかかります。でも、ひとつを見つければしめたもの。菌列をつくりならんで顔を出していますから次から次へと発見が続きます。成長の条件がよい地面では柄が土の中に深く入り込んでいるので、棒を差し込んでていねいに抜き取ります。

シモフリシメジの出るミズナラとブナの混じる広葉樹林にはドングリが敷き詰められるように落ち、ブナの実も少しあります。ブナの幹には、ツキノワグマが登った新しい爪跡が見られました。爪跡からしてこのクマは大きい。家すぐ近くの里山でのことです。クマ公は、ドングリやブナの実を食べながら越冬のために皮下脂肪をたっぷりとたくわえているようです。

▼27日からは連日の雨マーク予報でしたので、「見頃ピークの今年の谷紅葉はこれが見納め」と、妻とともにまた天正の滝といずくらの崖にむかいました。10分ほどで行ける谷ですから気軽なもの。

崖紅葉だけでなく林道沿いのイタヤカエデやブナなど高木も一日を経たら色づき盛りとなり、谷はまさに燃えるような色に染め上げられています。きのうもカメラマンらしい方の姿が見られました。この先のお天気を考えれば見頃盛りの眺めは今日あたりが頂点かも。

 

合居川渓谷天正の滝といずくらの崖紅葉ピークに 

「うあーっ、すごぉい」と、息をのむほどの紅葉が合居川渓谷の断崖でいよいよピークです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

集落すぐそばでこれだけ規模の大きな柱状節理の崖紅葉が見られるところは県内でもそう多くはないでしょう。渓谷までの崖の高さが半端でないのもこの谷の特徴です。

紅葉が美しい崖のすぐ上部は村内で最も危険とされるマイタケ採りの現場です。足を踏み外せば100~200㍍近い谷底までいっきに落下の危険がともないます。こちらもそこに足を運ぶ時は、慎重にも慎重を期します。下を見れば足運びがにぶるほどの名うての断崖だからです。

ここはヒメマツ(キタゴヨウマツ)の緑が紅葉をひきたてるので、錦模様がなおさら美景となって目に映ります。渓谷の流れもその勝景の一役をにないます。

ホテルブランのやまゆり温泉を楽しみながら、ちょっと天正の滝方面へ寄り道すれば見事な紅葉が眺められます。お友達やご家族をお誘いしてこの絶景をご覧いただいたなら、みなさん大喜びするはず。是非、東成瀬村へ、合居川渓谷天正の滝といずくらの断崖紅葉へ、須川温泉の栗駒山荘とホテルブランのやまゆり温泉へお出でください。

▼先日、赤滝の滝壺の色について「クロームグリーン」などと書きました。あの滝壺の色をあらわす言葉がなかなか思い浮かばず、「色の名前(福田邦夫著・主婦の友社)」の図鑑を引いて最も近い名前を記したつもりですが、どうでしょうか。

青でも、緑でもない、最初は「コバルトブルー」などといいかげんに記しましたが、とてもとてもその色とはちがうので図鑑をみて訂正しました。もっと豊かな比喩をもち文学的な言葉で「色」の表現ができればいいのですが、私には無理です。そういうこともあって、21日の赤滝をもう一度載せてみました。あなたなら、どんな色言葉をつかって滝壺をあらわしますか。

落ち葉が始まる頃のキノコたち(その1)

紅葉の盛りが高原から谷へ下り、さらに人里へと移ってきました。里山では、色づき盛りの木々もあれば、ホオノキや丈の低い柴木などではもう落葉の始まった樹種もあります。

大きなホオノキの葉っぱが落ちる時はカサッ、ガサッと音がします。新しい落ち葉がそうして地面に重なり始める頃は、深まる秋のキノコたちが顔を見せ始める時。私はそういう季節の里山を歩くのがとても楽しみです。

落ち葉が始まる頃のキノコの代表格はムギダゲ(ムキタケ)、それにヤマドリモダシ(クリタケ)とナメラコ(ナメコ)、ブナシラダゲ(ブナシメジ)、そして、深まる里山の秋キノコの代表格コナラ(シモフリシメジ)です。

今日は、その中からムキタケ、クリタケ、ブナシメジ、ナメコをならべてみました。クリタケは広葉樹、針葉樹双方に発生する範囲の広い菌類で、写真のクリタケは毎年欠かさず倒れたカラマツに顔を出す株です。今年は今までにない立派な姿を見せてくれましたのではじめてカメラを向けました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これらのキノコが顔を出す里山には、クマの絶好の冬眠穴も方々で見られます。写真の穴はミズナラの木が傾いたために根が土ごと持ち上がってできた穴で、おなじ「根穴」とはいっても木にできた穴ではなく床面も天井もほとんどが土の「土穴」です。

幹が傾いてその根元にできるこういう土穴はたいがい中は広いですから、出産子育てもしやすく、妊娠中の母グマがよく入ります。また今年2月頃に生まれだいぶ大きくなった2頭の子(ふるご・古子)を連れた母グマも母子3頭の越冬ができます。床面には落ち葉が敷かれたようになってふかふか。こんな穴が我が家のすぐ近くにもあるので、クマは深山だけでなく里山でもたやすく越冬できるのです。