真冬の大森山へ(その2)

下山は、雪状態がよいので少し遠回りですが大森沢経由にすることを頂上で決めシャガヂアゲに下りました。ブナの林の中で「生きものたちと出会えるかも」と思ってそのコースをとったのですが、出会いはありませんでした。沼又も大森沢もノウサギの足跡はほんとに少なし。昔とは生きものたちの様子が違います。とくにノウサギは極端に少ない。

下り初めて登山道を越え大森沢支流のサガサ川かっち(最上流部)で大森山を振り返ったら、さっきまでこちらがいた頂上に人の姿が見えます。二人です。もう20分ほどこちらが頂上にいれば「冬山を楽しむ者同士」のご挨拶ができたはずです。彼らはおそらくスキー場から上がり県境尾根沿いに大森山を目指してきたのでしょう。こちらが大森沢と胆沢川本流境の林を歩いている間に県境尾根をスキーで滑り下る姿が垣間見られました。そのスキーの跡は目にしませんでしたから、またスキー場方面に下りたのでしょう。

大森沢は、まだ大森山トンネルのなかった昔、村の愛林組合が岩手の旧水沢営林署(愛宕担当区)から国有林のブナ材払い下げ(全山皆伐ではなく選択伐採)を受け、材の搬出とナメコ栽培をした山の一部。岩井川馬場の畜舎から歩いて県境の尾根(ハッピャクヤアゴ)を越え、バヂゾリや大じょり(しらしめ油を滑り面に塗った木製で幅広の大きなソリ)で雪上の般出を行った山です。男たちは歩いて現場に着き、深い雪を掘って根元を出し時には直径1㍍を越すブナ大木を伐倒、重労働の極みともいえる大きな丸太を運ぶソリ仕事、また夕には県境の尾根を上がり越え馬場まで歩く。そんな毎日を過ごした若い当時を思い出しながら、当時伐り残されたブナの林を下りました。

昨年はブナグリ(ブナの実)が一部の木では結実しました。林の中には実を食べようと木に登り下りしたクマの新しい爪跡や実のついた枝を折った跡がいっぱいの幹もあります。

緑の苔がびっしりの枯れ幹や、不食ですが眺める楽しみの真っ白なキノコが生えている枯れ木、それに晩生のムギダゲ(ムキタケ)が凍ったままで生えている枯れ幹もあります。程度のよいムギダゲを少し摘みポケットに入れ、後日、味噌汁でいただきました。

下り尾根の左方は胆沢川本流の上流部。今は流れがすべて雪で覆い尽くされ、その雪の厚さは5メートルほどはあるでしょうか、瀬音のまったく聞こえない川はその下を流れています。

一方、右方の県境尾根を見上げれば、そこは厚いダシ(雪庇)の塊が積み重なっているところ。横手盆地からわが村を吹き抜けてきた北西の強い風が運ぶ雪が、尾根に溜まり続けてできる最大級のダシです。そのダシが自重で欠けドーンドーンと大きな音をたてて底雪崩とともに落ちる場面も、スロモーション映像のように偶然目に入りました。

県境の壁尾根直下にある大森沢の橋は、雪のほとんど積もらない国道342号夢仙人大橋とはちがいこんなに雪がかぶさった状態です。橋を渡る前にまずどこが橋の中心部かを見定めます。渡り初めても、時々右を確かめ、左を確かめ、橋の基部からはずれて落下しないようなるべく真ん中(雪上の真ん中ではなく橋そのものの真ん中)を歩くのが肝心。橋上の雪は沢の下流(南)側に大きく偏り被さっているからです。この日は吹雪でなくてよかったのですが、それでも真冬の橋上歩きはいつものように緊張します。真冬、とくに風が強く視界が悪い吹雪時の橋渡りは危険で、そういう時は橋を渡らずにやむなく川筋に下りて林を上りトンネルに向かうこともあります。欄干が見えない真冬の雪の橋歩きはなるべく避けるべきです。

国道342号の夢仙人トンネルができた直後、冬の赤滝を眺めにあのトンネルを二度ほど真冬に歩いたことがあります。それに比べればこちら国道397号大森山トンネルは約半分にも満たない長さ。しかも直線で出口が見えますから、灯りのまったくなかった真冬当時の夢仙人トンネルほどの不気味さはありません。大森山は長年歩き慣れているからということもあります。

東側半分以上は舗装路面が出ているトンネル内部。カターンカターンとカンジキの爪音が響く中を進みます。北西の風がまともに入るトンネルは冷たく寒~いですが、それだけに村側に抜け出たらほっこりとあたたかな空気が体をつつみました。あとは一直線に最短距離を下るのみです。

途中、ヤマドリの新しく大きな足跡を発見。足跡は小沢に向かっていたので「食事中のオスヤマドリだな」とその方向に進んで立ち止まったら、2㍍ほど前の雪のカゲ(土肌が出ている沢の一部で食を摂っていた)から見事な尾羽のオスヤマドリがドドドドドーッと羽音を鳴らし一瞬で飛び去りました。いいかげんなシャッターを押したら、飛ぶ鳥の姿がなんとかわかる状態で写されていました。画像は別にして、目にすることができたので、それだけでも満足の観察山行となりました。

久しぶりの遠出なので、ほとんど歩き続けの7時間。車に到着は2時50分。歩きやすかったからでしょう翌日に疲れはのこりませんでしたから、まだ体力はだいじょうぶのようです。それでも、真冬の雪山単独遠出歩きはそろそろムリになったのかなと思い始めた山行でした。通常はもっと雪が深くて一人ではハデ漕ぎ(ハデは深い雪のこと。漕ぐはラッセルの意)が難儀。若い時のように長い距離のハデ漕ぎは出来ませんからね。

この日の朝、クォークォーと聞き慣れた声がします。空を見上げたら、雁の群れが北へむかい初めています。暦は春、生きものたちの五感も「春近し」をとらえているようです。しかしそれから一週間、村は寒中と同じような天気がぶり返し、連休明けの今日から明日も真冬日、いったん下がった積雪がまたグンと増えそうです。