花の百名山・焼石岳(その6)

さて、予想以上に「秘密の花園」大群落は花真っ盛り。花、水、萌えたばかりのブナの新緑、背景の三界山に空の青と雲、これ以上はないという絶景から元気をもらい、小学生の頃から毎年イワナ捕り(水中メガネでの手づかみや、ヤス突き)、釣りを楽しんだ小さな湧き水の流れに竿をのばす。釣り糸を垂れ流した瞬間にひきがあり、すばらしい赤ひこ(ヒレがオレンジ色なので、ここのイワナを昔から村人は赤ひこと呼ぶ)イワナがミミズに食いついてきた。これだとかなりの釣果が望めそうだ。が、時間がないのでこの一匹で今回は止めにした。釣りは補足の山行きだったので。

釣り道具をリュックにしまい込んでいたら、さっきの彼女が目の前の雪上に姿を見せた。残雪の足跡をたどるよう案内はしたものの、こういう雪上で登山者は迷いやすい。やや心配していたので、姿を見てまずはひと安心。頂上を目指せなかっただろうが、この「秘密の花園」を観賞出来るから満足だろう。ここは、登山者にとってそれほどに魅力の深い花景色の地。いわば小楽天のような湿地であり、清水の流れ音が心地よく耳と心に響くところだ。語りのなかで彼女もさっきのクマを目にしたと聞く。クマは三界山から畚(もっこ)の方へ移り、彼女の視界のよく利くところに現れたのかもしれない。

彼女はしばらく「秘密の花園」の景色に見とれカメラをむけている。こちらは先にそこを発ち、途中、サンショウウオの卵を目にしてからすずこやの森コースに入る。下はすぐ姥懐の駐車場だが今回はこれからすずこやの森までしばらくかかる。車が向こうにあるのだから仕方がない。

ところで、下山中の胆沢川支流の渡渉は、雪解け水でやや増水していた。雪国の春山登山慣れの方はご承知だろうがそのことは頭に入れたほうがよい。里と違い深山は残雪が遅くまで多いから下山時には増水する。豪雪の冬を経た今年はなおさらだ。この程度の増水ならどうということはないが、4月末から5月半ば頃に川を渡るクマ狩りや、深山へのゼンマイ採り、これからのタケノコ採りでは、雪解け水や降雨による午後から夕刻時の川の増水・荒ぶる激濁流をもっとも恐れ気を払う。過去にはその渡渉で命を亡くされた方もいる。

下山の最後に、コース尾根途中の見晴らし地点から焼石方面をながめ、はじめてゆっくり腰を下ろして眼下の大森沢のブナ林を見つめる。ここは50年以上前にブナの伐倒と搬出がされ、こちらも春山雪上の伐採木根元の深い雪掘り、バチゾリ運材や集材機による県境尾根越えの運材搬出をした森だ。雪上の作業では、岩井川集落から雪道を歩いて県境峠越えし、通称「はっぴゃくやあご・エシャガのあげ(八百八歩・胆沢川の上げ)」を日々往来した、その峠がこの尾根だ。

伐採後の切り株にはナメコが栽培された。むらの女たちとともに秋にはそのナメコを背に、大森山トンネルのない当時、歩いて県境の「上げ(峠)」を越えた山だ。大森沢は、私の多くの青春時代を思い出させるところでもある。ここの崖は気流がよく昇るところ。ブナ林の上空にはその気流に乗り悠然と舞うタカの仲間の姿が見えた。

昔をしのびつつ、猛禽類を目で追っていたら、「秘密の花園」を観賞した彼女も下ってきてその見晴らし場に立ち寄った。眼下の森のそんな往時も少しだけ彼女にご紹介した。これから仙台まで帰るのだろう、ほんとに元気、たいしたものである。

それから上り下り経由で車到着が4時半。約4万歩をスマホは刻んでいた。途中にあった「帰りに採ろう!」としていたユギノシタキノゴ(エノキタケ)は、いずれかの登山者かタケノコ採りの方の手にされたらしく一片もない。昔から「アネコ(娘)とキノゴの見置きはアデにならねェ」との愉快な言い伝えがあるが、アネコは別にして、キノコの見置きはこのようにほんとにアテにならぬもの。

久しぶりに遅い家路となった。帰宅後、絶景の写真や清水の土産とともに、そんな「秘密の花園」ご案内の1件やキノコのことなども妻へのお土産話とし、笑い合った。