漫画家の矢口高雄さんが亡くなられた。村とも縁の深い方であり、矢口漫画のファンの一人として心からのご冥福をお祈りしたい。
「マタギ」や「釣りキチ三平」などで描かれた農山漁村の自然とそこに生きる人々の姿は、まるで昭和の時代がそっくり抜け出てきたように写実的で、景色もまた底抜けに美しい。当時の私などは、それと内容はちがうが「カムイ伝」や「シートン動物記」を描いた白土三平とともに惹かれた漫画家のうちの一人だった。
成瀬川流域出身の漫画家なので、描く山村の様子はどれも我々が体験した暮らしの一幕と重なる場面が多く、それに、私はクマ狩りをはじめ狩猟の場に長く身を置いていたので、マタギなどをふくめそのことでも共感する内容が多かった。
矢口さんは、わが東成瀬村と隔つ旧西成瀬村のお生まれ。そこは成瀬川支流の狙半内川流域の集落で、村と隣り合わせの山間の地だ。それだけでも我々にとって身近な存在なのだが、実は、矢口さんのご母堂はわが村のわが集落・岩井川から狙半内に嫁いでゆかれた方なのである。
村との縁はまだある。釣りキチ三平が映画化される際に、村の天正の滝がロケ地の一つともなっている。
矢口さんと同じように世界にもひろくファンをもつ村(岩井川)出身の漫画家・高橋よしひろさんが、2016年10月に「画業45周年記念祝賀会」を村で開催した時、矢口さんもお祝いにかけつけ、「母親が、東成瀬村の出身」であることにもふれながら祝辞をのべられたことを思い出す。
このように成瀬川流域は、矢口高雄さん、村の誇りでいま大活躍中の高橋よしひろさんと、二人の偉大な漫画家を隣り合わせて生み出したところ。お二人の作品の根底には、豊かで美しく緻密な自然描写とともに、人間愛にあふれた視点が貫かれているように感ずる。漫画の世界への踏み入れでは道は同じでなかったろうが、育った環境に相通ずるところがあるから、作品にも共通するようなモチーフがうまれ、その思いが貫かれたのだろうか。
昨日の朝、役場からの帰り道、木々を白く染めた雪にわずかの陽が射し込み、初冬でなければ目にできない山水の景色が目の前にひろがった。それは成瀬川流域特有の山と川と雪が織りなす四季の一コマであった。矢口さんが学校に通う頃、日々ながめ聞いたであろう成瀬川の、そのせせらぎの少し上流の川面と初冬の山風景を載せながら、一ファンの追悼の意としたい。矢口さん、すばらしい漫画、ありがとうございました。