NHKBSの「グレートトラバース3日本三百名山全山人力踏破」という番組が11月14日に再開されました。冒険アドベンチャーの田中陽希さんが日本三百名山を人力で列島を辿り登る山旅の放送で、登山を愛する人々にとっては待望の再開でした。
南から始まった登山の旅(まさに冒険)は、新型コロナによる移動の制約などがあり、春の鳥海山を終えたところで思わぬ停滞を余儀なくされていたようです。
田中さんは、山形・酒田市で以後長期間の滞在を決め、夏になってようやく冒険の旅は再開されました。再開後の最初の放送にくまれた列島歩行の旅と三百座の登山行程は、神室山に始まり、花の百名山のわが栗駒山と焼石岳、そして太平洋沿岸の確かレンゲツツジで名高い五葉山、遠野郷を麓にひかえるハヤチネウスユキソウの名峰・早池峰山、終わりは奥羽山脈最高峰の秀麗・岩手山でした。(ちなみに、このブログを開いた時に出てくる上部の日の出の写真は、焼石岳の頂上からとらえたご来光で、雲海に浮かぶ左の頂が岩手山、ご来光すぐそばの頂が早池峰山。)
前回の二百名山踏破の時も、栗駒と焼石に田中さんは登られたようですが、その時は最悪の天候。放送でも栗駒や焼石の誇りとする花景観は残念というシーンで終わっていました。
今回は、新型コロナで溜まっていたっぷんをすべて取り払ってくれるかのような晴天の下、秣岳を経ての栗駒、村側のルートを経ての焼石を歩くことができたようで、花の百名山にふさわしい村と村に関わる山々のまさに百花繚乱、雄大な景色が堪能できたようです。それはこの日放送されたほかの山々も同じで、北東北特有の山景色が全国に紹介され、楽しい時間を私も過ごしました。
実はこの放送を心待ちにしていたのには、もう一つのささやかな理由が私にはあったのです。それは、焼石岳の放送部分では、花景色の紹介とともに、村側からの登山道と8合目焼石沼周囲についてそれが赤ベゴ(短角牛)の放牧による「牛の道」、「放牧」と関わるかたちで、短角牛自然放牧に視点が定められた内容もありそうだったからなのです。
国定公園内のあの広大なブナ原生林と1000㍍を越える高山植物いっぱいの高原一帯には、日本短角種という牛、村で言う「赤ベゴ」が長い間自然放牧されていました。今も、村は短角牛の飼育に力を注いでいますが、放牧ということでは焼石登山道やその山麓に当時の面影はほとんどなくなり、そんなに遠い昔ではありませんがもう自然放牧は過去の出来事になっています。
初夏に放牧された牛たちは、毎年の放牧で山と川を自らよく知っていて、大自然に生きる野生の生きものたちと同じように短角牛に特有の強健な体を活かし、県境を越え北上川支流の胆沢川流域で草を食みながらどんどん上流をめざしました。8合目焼石沼が最終的に牛たちの行き留まる拠点で、南の森や三界山、南本内川上流域まで彼らは草を食む範囲を時々さらに広げました。
その放牧牛の生育を観察する目的とともに、場所が柵のない自然林放牧でもあることから監視人が必要で、長い間夏季常勤の監視人(時には2人)がいました。8合目周囲に牛がとどまる夏場はそこに臨時の監視小屋が建てられ、彼らはそこで寝起きし、あるいは通い、牛の様子を観察する仕事に務めたのです。私がよくこのブログでも記す「小学生だけで夏休みに何日もの寝泊まりをした」のがこの小屋です。8合目の最初の監視小屋は、焼石沼草原手前のタゲ(焼石岳)のスズ(湧水)そばのすぐ脇にありましたが、後に焼石沼脇に移動して建てられました。小屋の柱や骨材となる軽量鉄骨や波トタンは組合の人々が背負い上げたものです。
監視小屋は、短角牛を飼育する組合が夏に建て、秋に解体し管理しましたが、登山者も無料でよく利用させてもらい、牛飼いの関係者はもちろんのこと、村内外の焼石を愛する多くの方々までもが泊めてもらいました。唯一の秋田・東成瀬側コースには避難小屋がないこともあって、この小屋を利用した登山者の方は全国にかなりいるでしょう。(脇道にそれるが、今でも、秋田側からのコース、8合目に避難小屋建設を!の声は大きい。場所は岩手県域なので、岩手、秋田双方の登山愛好者や団体、行政などが連携して、その実現をのぞみたいものである。)
さて、牛のことです。放送された焼石の登山では、花の名山の百花繚乱とともに8合目の放牧牛のことが牛の道とあわせてクローズアップされていました。その画面には焼石沼の草原で草を食む赤ベゴの姿と、山登りで草原に憩い遊ぶ子どもたちの姿が入っています。
実は、その写真は今から30幾年か前に、友人夫妻の3家族連れで一泊の焼石登山をした時に写したものだったのです。放送局側から「焼石で短角牛放牧をしている当時の写真がないか」という旨の要請を、ある方を通じ受けて知り、それに応えてお届けした写真のうちのそれが一枚です。放送をささやかな楽しみにしていたというもうひとつの理由はこの写真のことで、「どの写真を、どんな場面に使うのか?」と心待ちにしていたのです。
あの8合目の周囲百花繚乱の草原では、赤ベゴがまるで自然の牛のように柵のない天然の牧場で草を食み、腹に水が触れるほどの深さまで沼につかり、その水を飲みつつ、のんびり涼をとる姿がありました。当時を知らない方々、あるいはそういう場面を目にしたことのない方々なら「そんなこと、考えられない!」という人と牛の織りなす光景が、あの花と清水の焼石岳・東成瀬村側コースにはあったのです。
番組はきっと近いうちに再放送されるはずです。そんな昔の焼石岳も連想しながら番組をご覧になっていただければと思います。
※写真はすべて、11月14日放送のNHKBS番組からのものです。