地方の盛衰が国の運命を決める

寒の真っ最中ですから、いつもの年なら行事のない日や時間には雪下ろしや除排雪に明け暮れの日々のはず。しかし、昨日までは雪は降るものの雪と向き合う作業時間が案外少なく、その分、物事をじっくり考え、読んだり、みたりする時間が多くとれます。

たとえばその考えるなかでとくに意をはらうのは、中・長期にわたる村の展望についてです。地方自治体流にいえばそれは総合計画、経営体ならば経営ビジョンでしょうか、つまり何をめざすかの「戦略」、そしてそのためにどんなことをやるかの「戦術」です。

実は、議会だよりへの年頭のあいさつの中で、平成の市町村合併時に村が単独村の道を選択したことにふれました。規模の大小や財政見通しの良し悪しを問わず、この時にわれわれ市町村は大きな選択を強いられました。その時、中・長期の展望をにらんだということになるでしょうが「単独村でゆく」という方針を村はとりました。こういう選択を、しかも期限付きで迫られることは行政史上にそんなに多くあることではないですから、ここでは「戦術」ではなく、最も大きな正確な「戦略」をもつことを地方は問われたといえます。

そして平成の合併はひとまず終止符を打ち、それから10年以上の年月を経ました。村の選択がまちがっていなかったというのは当事者である村内の大方の見方でしょう。それと同じようなことを、県内の元行政に携わった少なくない方々などからも「あんたのどごろは、ええ、判断をした」との声として寄せられます。客観視としても、自治を「戦略」としてしっかりまもったということはきわめて貴重なことだったとされているのです。

そして、10年以上を経た自立の村のこれからです。人口減少全体をとらえて、よく「村はこのままでやってゆけるのか」ということが言われます。しかし、人口規模での心配ということでは、人為の市町村合併以外、自治体が自然消滅した事例はないはずです。

全国には、何十年も前からわが村より人口の少ない町や村が一定数あり、1000人以下の町村もしっかり自治を保っています。たとえばそこの一部集落が消えることはあっても自治体そのものが消滅したということは聞きません。「地方消滅」の言葉に踊らされない、憲法が定める自治の権利とは、そう容易く人口云々で「消滅」されるものでないことを心得ておきたい。むしろ、地方の盛衰で国の運命こそ定められると思うべきでしょう。

一方で、立てた自治の「戦略」をよく見つめ、必要なら練り直し、100年の大計とまでいかなくとも10~20年スパンで常に「戦略」を新鮮にし、視野においてしごとをする、これが集団としてはこれまでに増して求められると考えます。個としても「そのために、その年ごとに、自分(自分の持ち場)は、どんなしごとをするか、しなければならないか」公職に身を置くものの一人一人として、その心構えを離さずつとめを果たさねば、です。

▼我が家の軒下には蜘蛛の巣がいっぱい。軒には彼らが越冬しているのでしょうか、それを狙ってか、シジュゥカラの仲間が冬にはよくやってきます。小鳥は、よくはたらきます。