夏の川釣りシーズン来る

夏の渓流釣りシーズンなのでしょう、我が家前の成瀬川には、休日となると釣り人の姿が絶えなく見られます。

イワナも釣れればヤマメも釣れる、それに極上の鮎も釣れるということで成瀬川は太公望たちに人気の的。今年は深山の雪解けが遅く、川の水量は安定しているようですが、釣りということでは魚たちにどんな影響がある年なのか、釣りには門外漢の私も、そんなことへは関心があります。

食べる、獲るということで、渓流魚の中で私が最も好きなのはイワナでもアユでもなく、それはヤマメ。あの銀色の体をした大きなヤマメ、天然ヤマメはしばらくの間ごちそうになっていないので、今年は童らといっしょになって「獲る、食べる」を夏のひとつの楽しみにしています。

ひっそりと野の花、野の木の実

里山の草木に、華やかさで目を引く花の第1シーズンがほぼ終わりとなるこの季節。

私の関心は、青葉の中でひっそりと実を結ぶ木の実や日陰で花開く木々たちです。

木の実の代表格は、先日もご紹介したカンゴ(クワ)の実で、それに続くは、最近は村でも所々でしか見られなくなったモミジイチゴの実です。2つとも、むかしの童たちにとっては待ちに待っていたこの季節の野からのごちそうで、その甘さを知る方々は、今でも口中に昔の味覚がのこされているでしょう。私の観察するモミジイチゴは、今年は実の大きさがいつもより心持ち小さめのようです。

この季節に熟すほかの木の実では、これはそんなにありがたく食べるほどおいしいものではありませんが、表現にむずかしい特有のわずかな甘さをもつトズラゴ(クマヤナギ)の実があります。昨年にできた実が雪の中で一冬を越して黒く熟すというめずらしい木の実で、蔦状の樹には、今、黒く熟した実とこれから花開き来年に熟す房とがいっしょに着いています。

目立たぬ日陰の花で、美しいという言葉に最もふさわしい代表格はシラグヂ(サルナシ)の花。これも蔦の樹で、秋にまことにおいしい実を結ぶ蔦の葉陰で、魅惑にあふれる花をいっぱいに開いています。これからはカンゴの実も各種の野のイチゴの実も熟し続けますから、そこはクマたちの食事場ということにもなります。山里に暮らしていれば、そういうことをいつも頭にいれておくことも必要です。

▼成瀬川がしばらくぶりで増水するほどの降雨となったきのう、たんぼの草取りで一日を過ごしました。除草の相手は、ここでは「ビッキの鼻通し」とよばれるクログワイ(写真)。

芋状の種から発芽し田植え時の除草剤だけではなかなか絶やすことができないクログワイ。今後の除草剤散布で退治する方もおられるようですが、「春以外は除草剤を使わず」方針のこちらは、毎年、手で草を引き抜きます。

我が家の田んぼはいずこも土深く、当然まだ水が張られていて足が土に深く沈む中での作業です。一年経つごとに足腰の痛みも増しているのを感じつつ、日曜日の都議選で、議員数第一党の歴史的大敗が報じられるニュースをポケットに入れたラジオで聴きながら、「傲るもの久しからずは歴史の法則」をあらためて教えられました。為政者は、政治の主人公が一人一人の民であることを片時も忘れてはならず、です。

希望の大切さ

▼6月30日は、湯沢、羽後、東成瀬3市町村議会の交流会で当番地の湯沢市へ。年に一度の恒例の集いで、気軽な運動と懇親会を通じて情報を交わし、つながりを深め合いました。

▼7月1日は、村のスキークラブ設立30周年事業の記念講演会と祝賀会へ。講演会の講師はプロスキーヤー・冒険家の三浦雄一郎氏。岩井川のゆるるんを会場におよそ1時間半、80歳でのヒマラヤ登山体験を主にして、スキー、山、健康など、自身の生きてきた道の一端を三浦氏は語られました。

講演会のタイトルは「希望の軌跡~80歳エベレスト登頂~」三浦氏は、今後も世界の高峰からのスキー滑降を計画しているそうで「希望、目標をもちつづけ」ることの大切さを熱く説かれました。

1932年(昭和7年)生まれとは思われない三浦氏の「熱き心」と「頑健な体」。講演会でも、祝賀会でも、氏と接した多くのみなさんが、なんらかのかたちで「希望」をいただいた一日となったようです。

▼きのうは早朝5時から正味2時間、地元部落の共同作業へ。今年度2度目の部落全体の作業です。国道、村道沿線や用水路沿い、公園などの草刈りに、いつ降るかわからぬ雨を用心、雨合羽をつけながら汗をかきました。村の大半の集落がこの日をふくめ同じような作業にとりくんでおり、春以来の草に覆われていた村内の道や水路脇などはこれですっかりときれいになりました。

多くの人々が集まる共同作業の場は、われわれの社会が「みんな、お互い様」で成り立っていることを知る場所。人々のつながり・きずなの大切さ、人は一人では生きられないことを教えられるよい機会でもあるのです。

▼きのう午後は、これも地元集落のパークゴルフ大会と懇親会へ。この5日間のうち懇親会が4日ともなると、お酒をまったく飲まないこちらでも、烏龍茶の飲み過ぎで胃腸があたりまえでなくなるような案配になりますからおかしなものです。

今年度第一回目の中央要望活動

28日~29日、道路や河川改修、成瀬ダムなどの6団体合同要望で出向きました。

県南市町村の首長(当村は村長がほかの公務があり副村長)や議長、隣県北上市の副市長、西和賀町の副町長の各氏、それに各市町村や団体の職員さんたちとともに仙台の東北地方整備局、衆参両院議員会館と国交省、財務省、総理官邸では官房長官へと、今年度第一回目の要望が届けられ、それぞれの会長から地区の実情などが伝えられました。

議員会館にも省庁にも、予想したより他県からの陳情団が我々のまわった時間帯は少なく、これは予想外でした。

それよりなお意外だったのは、都内滞在の間に一度も都議選の候補者カーや政党などの街宣車の響きや演説の声を聞かず、姿を目にすることがなかったことです。「永田町や霞ヶ関界隈は、有権者にうったえかける選挙では街頭からの宣伝効果がそれほど効果のない地域なのか?」と、状況を知らないこちらはそんな的外れだろうことを思案したりもしました。

今回の行動でも事前の手配から当日の動きもふくめ、みのり川代議士と事務所のみなさんには様々な面でご足労をおかけしました。秋にはまた当村独自の要望でもお世話になります。この場からも心からお礼を申し上げます。

見る向きを変えれば

村内のあちこちで白い小型の蛾が多く見られます。

おそらくあのアメリカシロヒトリと思いますが、我が家の周囲にも結構多くいて、玄関の戸にも止まるほど。

アメリカシロヒトリだとしたらこれはよく知られた害虫。この虫はいつも背中からばかりながめていたのに、戸に止まったおかげで今回は体の内側を詳しく観察することができました。

自然がつくるいきものたちの複雑な体、たった一匹の虫でも視点を変えると「よく、こんな造形を自然はつくれるもの」と感心してしまいます。

▼昨日と今日は要望活動があり仙台と都内で過ごしています。

個性あふれる各地区の花いっぱい運動

村内の部落や各団体などの奉仕と熱意によって長年とりくまれている国道や村道沿いなどを花いっぱいに飾る運動。今年も各地区で植えられた苗が日ごとに花の美しさを増してきました。

花そのものへの美しさとともに通りすがりの人々の目にとまるのは、きれいに管理されていて各地区それぞれに工夫をこらした個性あふれる造りの花壇です。

たとえばそのひとつ岩井川入道地区の老人クラブ・久寿会と親子会、資源保全会合同で手掛けたとみられる花壇。ここの花壇は、郷土出身の漫画家高橋よしひろ氏のマンガ「銀牙」の絵を看板にして花壇をひきたてています。

花と「銀牙」、これもまたよく思案したものですね。

減反しらべ

農業委員としては最後の参加となる水田農業に係る生産調整の現場確認をきのう行いました。昨年も同じでしたが、この確認作業であらためて気づく最近の特徴は、年々田んぼの耕作を止めて農業法人や個別の担い手農家と農地の貸借を結ぶ農家が増えていることです。

その原因には、全体としてのお米の価値の低下、高価過ぎる農機具や、苗、肥料、農薬など生産費の高止まり、そして農家世帯の高齢化と若者が給与所得を得るために兼業経営が難しくなっていること、などがあげられます。とくに民間企業に勤める兼業農家は、公務労働とちがい休日が少なく勤務体系もなかなかきびしいため、若者だけで「勤めながらの農業」ということはとてもむずかしい環境になっています。

先日の用水路の維持と同じで、とくに山村のくらしと農地をまもるためには、兼業という存在は世界のどんな国でも必要不可欠と当方は思うのですが、わが国の政策は「大規模・集約化」にどうも偏り過ぎる感があります。

▼日曜日のおととい午前、童たちが「川で泳ぎたい。魚やカエルを見たい」と突然の訪れです。薪切りをしながら、曇りがちの空を見上げ「このお天気具合でどうかなぁ?」とは思ったものの、作業後の10時過ぎ川へ向かったら「子供は水の子」、たちまちパンツ一枚になり淵にザブンで瀬に流れています。

コロロロロローンのカジカガエルの合唱を聴きながら、跳ねるカエルやカジカと戯れ、カゲロウか何かの幼虫らしい小さな虫をつかまえては「ほら、水がなければジッとしている虫が、水の中に入れると動いて光るよ!」と、こちらも知らない珍発見をして童たちはおもしろがります。

河原の砂場にはアリ地獄もあり、これも童たちの関心の的。近くにいるアリをつかまえては地獄に移して、砂の中からアリをつかまえるウスバカゲロウの幼虫の動きをながめます。「地獄の主」がどんな生きものなのか、掘り出して手のひらにのせ自然の学びもできました。

帰りには、熟し始めたカンゴ(クワ)の実も口に。果汁を顔につけ悪ふざけした昔を思い出し童たちに紫の汁を塗ったら、現代っ子たちもこれは愉快のようで、早速顔に塗りはじめ、はしゃいでいました。

新たな農業委員が決まる

23日、村議会の6月定例会議を日程どおりに終え、本会議はひとまず休会となりました。

この日は、これまでの公選制度から村長の選任を経て議会の同意を求める制度に変わった農業委員の選任同意案件も審議され、全会一致で選任案は同意となりました。

選任にあたっては、そのために村が公募した期間までに定数に達せず、二次公募されるという結果になっていました。新たに選任された農業委員は以下の8氏です。()内書きは生年月日。提出順に、田畑会推薦の佐々木芳和(昭和27.5.17)、中立委員で商工会青年部の佐藤和(昭和61.2.23)、岩井川ファーム推薦の佐々木文一(昭和27.7.3)、JAこまち推薦の冨田富男(昭和28.1.5)、田畑会推薦の佐々木省吾(昭和24.3.9)、生産法人連絡協議会推薦の菅原守(昭和31.9.21)、田畑会推薦の半田大治(昭和33.12.20)、青年・女性登用でJAこまち女性部長の高橋祐子(昭和30.8.22)の各氏です。任期は今年の7月20日から3年間となります。

農業委員会の職務には、新しい法律のもとで農業委員のほかに「農地利用最適化推進委員」をおかなければならない市町村が多く、村では、新しく今回選ばれた農業委員会の第1回総会(7月20日の予定とききます)で決められ委嘱されるはこびです。その名簿(6名)は、現任期の農業委員会最後の総会となった先の6月会議で報告・確認されています。

日程最終日の議会では、陳情採択に基づく意見書案3件を全会一致で可決、政府や国会などに送付することに。このうち発議第4号(写真)は、世界規模で注目を集めている核兵器禁止条約の実現に努力することを政府と国会に求めるもので、唯一の被爆国の地方議会として、非核平和宣言の村の議会として、今世紀の人類がかかえる最大の課題ともいえる核兵器の禁止と廃絶にむけ、平和を希求する村議会の意思を明確にしめしたものです。

▼土曜日、国道397号沿いに咲いていた白花のガザ木(タニウツギ)です。昨年とはかなり離れた別の場所で見られた木なので、この木、白花はそれほどめずらしくないのかもしれませんね。

▼日曜日は、早朝5時から農業用水路の草刈り作業です。ここの用水路は、農業だけでなく冬場も通して生活用水や道路の消雪用水など一年中使われる水路なので、農家だけでなく水を利用するすべての関係世帯が作業に携わります。

それでも、用水路組合構成員の世帯は年々高齢化し、後継者の同居していない世帯もあり、作業へ参加できる方が少なくなりつつあります。農地は担い手への貸借などでかろうじてまもることができますが、用水路の維持にあたる人手確保はまた別の課題。こうした共同作業へ参加できない世帯が増えている現実は、多くの用水路組合や集落にも共通しているでしょう。

夏至に高級きのこハタケシメジ

成瀬ダムや雄物川改修と四堰改修、県南高規格道路、国道13号横手大曲間4車線化、秋田自動車道4車線化の6期成同盟会合同の要望会が湯沢河川国道事務所できのう行われ、後に成瀬ダム工事事務所に対しても関係する同盟会が要望を行いました。

仙北市以外の県南の市町村すべてが雄物川改修や道路に関係するいずれかの同盟会の構成員であり、この後、28日と29日には東北地方整備局と国会や政府への要望行動も予定されています。地方の6月議会が終わるこれからは、要望活動「夏の陣」のはじまりで、都議選真っ最中の都内、衆参議員会館や各省庁は全国からの要望団でにぎやかな初夏となるでしょう。

▼夏至の21日、毎年秋になればハタケシメジがよく発生する地面にこんなに大きな株がもう出ていました。数多くあるきのこガイド本の中には、希に「ハタケシメジは夏から秋にかけて発生する」と、夏の季節を意識して記された著書もあります。ということは夏に出ていてもとくに不思議ではないことですが、キノコとの出会いが結構多くあるこちらも、ハタケシメジを夏に目にしたのは初めて。

秋とまったく同じ場所に、同じ形と大きさで夏でも顔をだしていたのには、喜びよりもまず少々驚きました。そして、ジワっとうれしさがこみ上げてきました。なにしろ、味の王様ホンシメジとまったく同じか、私などは「ホンシメジよりも株が大きく、量も多く獲れ、歯ごたえがあって味もまことにお見事」と最高級の評価をしているキノコなのですから。

この日お目にかかったのは4つの株。地面に顔を出してから1週間以上にはなっていて、これから朽ちようとするほど大きくなっている姿です。この機会をのがせば食べられなくなるところでしたから、夏至の日の出会いは何かがもたらしてくれた幸運とでもいえるでしょうか。

「夏(なづ)のハダゲシメジ、とぎ(時季)でもねえもの、食うの?」と、妻は初夏のサモダシ(ナラタケ)の時のように少々怪訝な顔をしながら調理していました。が、お椀にはいったそれは、なんとなんと秋モノとまったく同じおいしさと歯ごたえでした。味噌汁に、鍋物に、お吸い物にと、最高級の味をしばらくいただけるとは、これはめずらしい、うれしい自然からのご褒美、お中元です。

ただ、喜んではみたものの、「今、ハタケシメジが獲れるということは、やはり春以来続いた低温の影響なのか」という思案もちらっと頭をかすめ、農作物に負の影響がなければいいのだが、とも思いました。

▼きょうは沖縄慰霊の碑。太平洋戦争末期の72年前、20万人以上の戦没者を出した沖縄戦。東京をはじめとする都市部への大空襲、被爆の広島・長崎と、侵略戦争は国や軍人、民間人の枠をこえ人間の大量殺戮に到り終戦をむかえました。戦争を許すまじ。

花の百名山、初夏の焼石山行(その3)

秋田側コースからの登山者の中ではこの日二番手となった我々でしたが、岩手側からの登山者がいつものように多く、泉水沼で一服しこれから頂上へという多くの集団が眼下に見えます。秋田側コースにも、南本内岳コースにも、夏油・東焼石岳方面コースにも、そして最も登山者が多い中沼とつぶ沼合流コースにも、頂上に向かってくる姿が次から次へとあらわれます。花の素敵な横岳や、姥石平をはさむ周回コースに向かう方々も見えます。

相変わらず頂上は東風がやや強く、日本海側の空とはちがって厚い雲が胆沢平野を覆い、ガスも勢いよく流れます。幸い、我々が頂上にいる間には360度の展望を満喫。西に今年はとりわけ雪渓の大きさが際立つ雄大な鳥海山、同じくその南に雪がこれもまことに多い月山、すぐとなりの栗駒連山、北には岩手山、やや東に寄って早池峰、東に遠く見えるのは五葉山あたりでしょうか、東北の名山群を前にして「あれは00山、こっちは00山」と確認し合ったり教え合ったりする声が、登山者でにぎやかになった頂上に流れます。

ヤッケをまとい我々も時間の早い昼食へ。南の森(西焼石岳と記す出版物もあるが、地元岩井川では昔から「南の森」と呼ぶ山。ちなみに南本内岳も地元では「権四郎森」と呼ぶ)を真ん前にして鳥海山をながめながら、熱いコーヒーで体を温めながらのお昼です。

ここまで来てこの季節なら、姥石平のハクサンイチゲやチングルマは必見。今日はそのために来たようなものでもあります。頂上からも、遠目の効く私の目には眼下姥石平のハクサンイチゲが白いじゅうたんとなって見えます。

岩手側コースに下山し姥石平を経て8合目に周回して来るまでが今日の最大の花園見学コース。花盛りのハクサンイチゲとミヤマシオガマ、イワウメ、チングルマ、ユキワリコザクラ、ヒナザクラ、イワカガミ、ミネザクラやムラサキヤシオツツジと、それこそ花の百名山焼石の第一ステージの初夏の花群落に春の花たちも彩りを添えてくれています。

天空の花群落に「これなば、きれいだ。ええなぁ」と圧倒され、娘の口からは「母さんに、この花見せたい」の声が漏れました。帰りもまたキヌガサソウを拝み、娘は「岳のすず水」をお土産としてボトルに詰め、こちらはブナの枯れ木からワゲ(ヒラタケ)を、登山道脇からはタケノコをいただき、クマの新しい糞を目にしたり、めずらしくサンショウウオとカエルがくっつくように隣り合わせて産んだ卵を見たりしながら帰路に。車到着2時50分、日帰りにはちょうどよい山行で歩数計は約3万歩を刻みました。タケノコ採りの車はほとんどすべていなくなっていました。

この日行き交った登山の方々、相変わらず中年男女の10人前後の混合も多いですが、ご夫婦らしい、恋人同士らしい方々もみられました。女性だけという集団や、70歳代と思われる方々もおられて「おっ、たいしたもの」と感心も。それに、ファッション雑誌からぬけ出てきたような素敵な衣装をまとった青年や若い女性たちも多く、女性の単独登山も幾人かみられ、「焼石岳も、さぞ喜んでいるだろうな」などと思ったりもしました。

▼村議会6月定例会議は2日目の本会議をきのうひらき、佐々木正利、佐々木健夫、佐々木悦夫、佐々木修の4氏による一般質問が行われました。また3件の陳情審議はすべて採択となり、予算特別委員会では付託された議案をすべて審査・可決しました。