我が家では味番付トップのハタケシメジ

山里が彼岸入りの季節に入ると、うれしい野山の恵みと出会える機会がぐんと増します。

私が心待ちにしていたハタケシメジもいよいよ出盛り。一週間ほど前から見つめ続けていた本番ものの株は、ようやく食べ頃、採り頃の大株へと成長しました。

我が家の女性たちは「マイタケよりおいしいし、格好もいい」と、味ランクではホンシメジとならべてキノコ界のトップに位置づけるほどに味覚とスタイルへの評価が高いキノコです。妻はほかのキノコはそれほど食べませんが「わげぇ、ミャゴど、わげぇシメジなば、んめぇ(若いマイタケと若いシメジなら、美味い)」といい、それらだけは好んで口に入れます。

妻は早速、旬の里芋を掘り取ってシメジを調理。サクサクの歯触り、上品な味と香り、キノコ界のこれは王様というより、品格に満ちた女王様とでも言いたくなるようなキノコです。その香りと味は、彼岸の入りの仏前にもそえられました。

通の間ではマイタケと同じかそれ以上に貴重扱いされるハタケシメジ。なのに、食べられることを知らない方も案外多く、採られないまま毎年腐ってしまう株も少なくないようです。

それは、発生箇所がそれほど多くなく食べられる機会が少ない種であることと、おそらく何か似たような毒キノコを間違って食べた事例などが世間にはあるからでしょう。が、こういう見事な株の特徴がありますから、ほかの毒キノコと違い見分けはそれほどむずかしくないキノコです。

雄勝中央病院の運営委員会

秋田県厚生連・雄勝中央病院の運営委員会がきのう開かれました。

運営委員会の構成は、JAこまち、JA羽後のそれぞれの組合長と担当理事、女性部長、それに管内の市町村長、議会議長です。天満院長さんや事務長さん、それに県厚生連などから病院運営と県厚生連傘下の各病院などの事業説明を受け、地域医療の核となっている病院運営について質問や意見が交わし合われました。

お隣岩手県のように各地域にまで県立の病院がない秋田では、県民の命をまもる役割の多くを厚生連の病院が担っています。私はいつもこのことを取り上げるときに記しますが、その存在は「県立病院」のようなものといってもよいでしょう。

国内、県内における様々な指標での地域格差の存在とおなじで、医療の分野でも、特定の診療部門の医師確保などをふくめ「偏在」が医療の解決すべき大きな課題として何年も続いています。その課題解決は政治とりわけ国政の責によるところが大と思われますが、海外の医師確保先進国のような政策水準にまだわが国は達していないのでしょう。

年に2回開かれる運営委員会。会議の資料に目を通す度に、いつものことながら、院長先生をはじめとする医師や看護師さん、職員のみなさんのがんばりに頭が下がる日となります。

▼今年5度目の畦草刈りをきのう終えました。刈り取りまでのたんぼの仕事ではこれが最後の作業です。畦はきれいになり収穫の準備はすべてととのいました。このあとは、稔り具合と天候、行事をにらみながらコンバイン出動日を決めるだけです。

村の圃場でも、田植えの早かったところはおとといあたりからハサ架け自然乾燥もコンバインも刈り取り開始がみられました。それは管内の平場地帯でも同じだったようです。平場地帯の農家の方は「今年は、作がいいようだ。青米が少ないらしくモミの水分値も低いという声がある」などの会話を交わしておられました。山間部の村の作柄ははたしてどういう結果となるか、注目です。

老菌大株マイタケの初モノ

いつの年も「増田のお祭」の頃になれば、あちこちから「ミャゴ(マイタケ)出たぞ」の声がきかれます。

今年も12日あたりから我が家の早生栗がカネ色に稔り落ち始めましたから、季節はいつの年もほとんど同じようにめぐってきているようで、マイタケ便りも方々から聞こえてきます。

その便りにあわせてこちらも村の深山で連休の3時間ほどを過ごしました。この日には、同じ集落に暮らす山仲間たちもマイタケをめざして同じ山に入りました。みなさん、それぞれに喜び採り慣れた思い入れの木があるのです。

例年、村でマイタケが盛りとなるのは秋分の日あたりからで、それ以前に主に出会えるのは「シロフ(白いマイタケ)」やクロフ(通常のマイタケ)でも早生モノたちです。

こちらも、そういう「シロフ」や早生モノの出るミズナラの木を限定して数本巡り歩き、出会えたのはたった1本の大木だけ。それもシロフのありったけ成長した後の老菌で、なんとかかんとか食べられる代物でした。

ただし、この発生木は条件がよいだけにいつの年も株は大きく成長し、シロフでも1株の重さが4㎏近く。今年は一本の木で計15㎏ほどの収穫となりました。これが3~4日前だったら最も食べ頃の大株だったことを残念に思いながら両手でキノコを左右に動かし、ゴグッと根元からはずれる音をききながら大株をかかえました。

天然マイタケでもシロフの老菌で、食べられるぎりぎり状態ですから虫も棲み着いていて、もちろん味は格下です。それでも天然初モノなので、秋の香りをちょっとは楽しめ、仏前にも初モノの香りを供えました。

9月議会終え、ダム安全祈願祭、着工式、敬老会

 

14日は9月議会の最終日。教育委員の高橋養滎、佐々木一二両氏の選任案は全会一致で同意となり、ほかのすべての案件も可決、29年度決算案も認定されました。

決算案については、監査委員の意見などでも一部触れられていた新規起業等育成支援金事業、それに新規雇用奨励金事業について言及。事業計画の慎重な審査と交付決定後の施設や備品の調査など経営実態を把握し、事業計画に沿ったものになっているかの検証が必要である旨などが決算特別委員会の報告にそえられました。また効率的な事業執行により持続可能な行財政基盤の充実・強化に取り組むことをも、委員会の審査報告は求めました。

消費税増税10㌫引き上げ中止を求める意見書案も全会一致で可決、政府宛に送付です。

▼15日は成瀬ダム本体工事の安全祈願祭(施工業者さんのご案内)と、続いて行われた着工式(国土交通省成瀬ダム工事事務所さんからのご案内)へ議員一同で出席。

 

 

 

 

議会事務局提供


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

着工式は菅義偉官房長官のビデオメッセージ、佐竹知事、御法川信英氏、中泉松司氏、足立敏之氏の国会議員や、国土交通省水管理・国土保全局治水課長の井上智夫氏、東北整備局長の高田正行氏、村出身の漫画家・高橋義廣氏など多くの方々の出席がありました。

心配した雨もなく、いずれの催事も滞りなく終えることができました。着工式に責任を負われたダム工事事務所の村山英俊所長さんや幹部職員のみなさん、準備の細かなことまで心を配られた総務課長さんなど職員のみなさんも、式典全体のこととともに何よりもお天気が心配だったでしょうが、お天道様はみなさんの願いにこたえてくれたようです。

今年は西日本での豪雨、台風21号や北海道での地震など大きな災害がありました。着工式の冒頭には被災された方々への黙祷がおこなわれました。着工式そのものも、直前に2つの大災害があったばかりであり、当初予定されたお祝いセレモニーの一部を省くなど被災地のおかれた状況をとらえ、それらにつとめて心が配られた内容となりました。

式典では、村の小学6年生高橋杏翼君と、中学3年生で生徒会長の千田明さん二人の「期待の言葉」の発表もありました。連ねられた言葉の内容、発表の姿とともにとても立派で、同席のみなさんから「なんと、たいしたものだ。さすが、東成瀬の子どもたちだ」などの声が私にも寄せられました。

▼17日は地元集落の敬老会へ。毎年記していることですが、当方、一年経つごとに敬老会へご招待のみなさん(70歳以上)とは年の差が縮まり、一方の夏の成人式へご出席のみなさんとは年がどんどん離れてゆきます。ここ数年の敬老会は、自分がどんな位置の齢にあるかをよくよく悟らせてくれる日でもあります。ご参加の方々は日本の近現代史の中でも戦中・戦後というもっとも過酷、大変な中を生きてこられた方々であり、そのご難儀へ深く感謝と敬意を込めお祝いのご挨拶といたしました。

さあ、アガキノゴ(サクラシメジ)も本番です

村人はむかしから「増田のおまづり(お祭り)、けば(来れば)、アガキノゴ、盛りになる」と言ってきました。同じように「わへミャゴ(早生マイタケ・シロマイタケ)も出る」
と言いました。

今日はそのお祭りの宵宮で、明日は町の祭日です。県内では最も歴史の長いひとつに数えられる花火大会が行われてきた町の祭りにちょうどあわせて、アガキノゴ(サクラシメジ)も盛りとなるのです。

今はどうかわかりませんが、これも伝統の町の朝市には、サクラシメジや稀に早生マイタケが並び、今は毒とされているものの昔は多くの人々に好んで食べられたスギカノガ(スギヒラタケ)も、以前は朝市の顔役でもありました。

そのサクラシメジが、今年も祭り日にあわせるかのように本番の季節入りをしています。今年の発生量は、私の入る家まわりの里山では並作か少々少なめです。

サクラシメジのそばには、毒種のクサウラベニタケや、毒ではないが食べられないイノハナ(ケロウジらしい、食茸のコウタケの仲間)キノコもみられます。

クサウラベニタケはつくりがふよふよしていて区別がすぐつきますが、全国では食べられるキノコとまちがえられることが多い仲間らしく、中毒のニュースに名前がよくあがります。

これから顔を出してくる食茸のウラベニホテイシメジと間違いやすいのは、むしろクサウラベニタケよりも毒種のイッポンシメジです。

 

 

 

 

イッポンシメジは茎も充実していていかにも食べられるようなかたちをしていますが、ウラベニホテイシメジとまちがって食べてしまい、ひどい目にあったご夫婦の中毒例が10年ほど前のわが村でもありました。猛毒ではありませんから命までとられることはありませんが、確か、嘔吐だったか、下痢だったかの症状に見舞われたのでした。もちろん食べたキノコを理解できた方で、その程度の中毒で済むと知っていた方でしたから、救急車を呼んだり病院行きなどということにはならなかったのですが。キノコを採り慣れた方でもイッポンシメジならこんなこともあるのです。

そんなこんなで私にとって深まる秋は、食、毒をふくめ、キノコの世界の奥深さを知る季節でもあります。

▼きのうは第51回村産業祭の実行委員・幹事合同会議へ出席。祭りの中心となるのは10月27日(土)で、出品物などへの表彰式もこの日午前に行われます。

極上の味覚、ハタケシメジも登場

わが家のまわりは野の幸、山の幸がいつの季節もいっぱいです。

きのう散策がてらに草むらを眺めたら、ハタケシメジが食べ頃のいいかたちをして成長中でした。キノコの仲間では、ホンシメジとならんでおいしい番付のトップクラスに並ぶハタケシメジ。名前に「ハタケ」がつくのでごく普通のきのことおもわれがちですが、私などは、「味も、さくさくの歯触りもホンシメジ以上」と価値付けしているきのこです。今年は、いまのところいつもの年より発生量が少ないようです。

妻がつくる畑のアスパラガスの中には、コムラサキシメジも顔を出し続けています。これからは、顔かたちのちがうこういう菌類たちが私の体の中に次から次へと入り続けるので、案外この体が健康なのは、一年中ほぼ途切れなく食べられる天然きのこたちのおかげなのかも。

稲田も黄金色に染まってきましたが、わが家の裏手に咲くオミナエシも秋のふかまりとともにずいぶん色を濃くしてきました。村ではこの花を盆バナコ(盆花こ)と呼ぶほかに、こがねバナコ(黄金花こ)とも呼びます。花期が長い花なので、台所に立つ妻は、お盆前から10月までしばらくの間、黄金の花見をしながら炊事に明け暮れします。

▼議会特別委員会の決算審査がきのう午前で終わりました。

すべての案件を認定すべきものとしましたが、監査委員の意見で指摘された内容をはじめ、昨日も記したように大小の改善がもとめられる課題も審査を通じてうきぼりとなりました。

それらの課題は、来年度予算案をはじめ今後の村政運営で検討され、活かされることを期待するものです。

決算特別委員会の後には、予定通り総務民生常任委員会の会議が開かれました。先日おこなった2つの所管事項(くん炭製造施設の火災と三セク施設の運営)の調査活動について、現場視察後の質疑を通じて再度の説明をうけながらそれぞれ議員の意見がのべられたものです。調査を通じた常任委員会のまとめは12月定例会議で報告されるはこびです。

決算審査はじまる

きのうと今日は村議会の決算特別委員会へ同席。

決算特別委員会は、議長と議員の監査委員をのぞくほか全議員で構成され、答弁側も課長以下担当職員も出席となるので、委員会の審議としては最も員数規模が大きい会議となります。本会議とはちがい委員会ですので、例年のように質疑も答弁も比較的柔軟に交わし合わされます。きのうも平成29年度の決算について様々な角度から審査が行われました。

審査のなかでは、委託料や各種補助金、助成・支援金などの一部について問題点や課題があるとして質す問いがみられました。村民を代表する議員へは、村政を敏感に感じとっている村民のみなさんの声が常に寄せられます。議員の質疑は、そうした声の反映ともいえるのでしょう。

議員が活動の手引き書としている「議員必携」には、決算審査の着眼点として「予算が、議決した趣旨と目的に従って適正に、効率的に執行されているか。それによってどのような行政効果が発揮できたか。それからみて今後の行財政運営においてどのような改善工夫がなされるべきか」という旨の留意すべき視点をあげています。議員の発言は、おおむねそうした立場から行われるようになります。

したがって、村政をしっかりと運営していくために、予算審査と同じように決算審査を議会はとても重視しています。審査は今日の午前で終わる見込みのようで、その後には総務教育民生常任委員会の会議が開かれます。

▼久しぶりに晴天がつづく予報です。議会の後にたんぼを見回り、こんどは矢櫃グランド方面に上がり、そこからも河岸段丘上で稔り続ける我が家のたんぼ方面をながめました。

 

村全体で稲穂の黄金色がひときわ目立つようになりました。田植えの早かった農家で、自然乾燥のハサ架けをされる方は、まもなく刈り取り作業に入れるでしょう。

高台にあり、成瀬川がほぼ直角に折れ曲がる角に位置する旧グランド跡は、建設適地として各種電波関係の鉄塔設備がいくつも並び立ちます。なので、岩井川地区の運動会、それに村全体の五校運動会でにぎやかだった頃のグランドの面影は消えています。でも、ここに来れば、運動会の時に赤い土のグランド全体を包み込んだあの熱気や群像はすぐに思い起こします。

草が生い繁り柴木が生え始めたトラックやフィールド跡を歩いていたら、赤い点々がそちこちにいっぱいあります。よく見たら、それは小さなキノコでした。

山神様からの贈りもの

今年もいよいよ本格的な秋のきのこシーズンがはじまりました。

里山のナラ林で採れるきのこのうち、もっともうれしい仲間たちとして私が名をあげるのはネズミハギモダシ(ウスムラサキホウキタケ?)とオオヒメジ(ネズミヒメジとも呼ぶホンシメジのこと)、それにシシタゲ(コウタケ)とクリフウセンタケとコナラ(シモフリシメジ)です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これらが大量に顔を見せる場面に出会えると、まずは大きく息を吸って喜びの気持ちをふくらませ、ゆっくりと眺め続けます。そのうれしさは、深山で見事なミャゴ(マイタケ)の株や大発生のナメコたちと出会った時に似ています。

「ほほう、山神様からの贈りものだ。ありがど、ありがど」などと心でつぶやきながらカメラに収め、続いて採り並べてまたカメラに収め、恵みものは静かにリュックへ収められます。

そのうれしい恵みの最初の顔出し役ネズミハギモダシが、週末、盛り姿の菌列をつくって出迎えてくれました。私が通うこのキノコの発生場所はたったの3箇所だけ。うち一箇所は先日ご紹介しています。そこでの今年の作柄は「並作」とみました。全国的にほかではどうでしょうね。

里山では、アカヤマドリ(もう老菌です)や、これも早生もののフジミャゴ(センボンシメジ)や早生もののアガキノゴ(サクラシメジ)、スギワゲ(スギヒラタケ)も見られます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食べられるきのこだけでなく、これからの山はあらゆる菌類が顔を出す時。そばには、朽ちかけたオオワライタケとともに、猛毒テングタケの仲間のきのこたちも見られました。これらは、菌類がつくる「自然の芸術」を見て楽しむためのきのこです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日毎に稔り色を濃くするたんぼは9月の山里の象徴です。今日もまた黄金色を増した稲穂を載せておきます。

北海道の震災で岩手宮城内陸地震の教訓を思う

北海道胆振東部地方を震源にして6日午前3時8分頃に起きた震災被害が深刻です。悲しいニュースが連日伝えられ、「大変だな、かわいそうだな」とつぶやきながらテレビを視る日々です。被災された方々へ謹んでお見舞いを申し上げます。

山崩れの様子を目にして思い起こしたのは、記憶に鮮明な2008年6月14日の岩手宮城内陸地震です。栗駒山の宮城側や岩手側を主にして発生した山体崩落と多くの山肌が崩れた様は、火山灰土のもろさを同じ山麓に暮らす私たちに教えました。

岩手、宮城側の山体がもろかったのは、ちょうど今回の北海道の火山帯と同じように栗駒山の噴火による火山灰が、偏西風によって運ばれ山脈の東側山麓に積もっていたためでしょうか。手元にある岩手宮城内陸地震時の写真を見ると、あのときの山が崩れた跡の山肌の白っぽい色と、今回の地震で崩れた厚真町吉野地区の山肌の白っぽい色はよく似て見えます。

あの時、震源から近いわが村も同じような強い揺れに襲われました。しかし、火山灰が積もった山脈の東南部のようではなかったためか山肌の大きな土砂崩落は村側ではわずかの範囲に限られ(その様子は今も北ノ俣沢など国道から望めます)、崩落規模も大きくありませんでした。

村側での大きな被害は、主に盛り土箇所の国道や橋にあらわれ、宿泊施設などの構造物にも一定の被害がありました。でも、山脈の東南側に比べこちらは、山体そのものは安定していました。そういう素人比較からみても、「地震時の崩落危険度は土質によって大幅に違う。火山灰土は危ない」という教訓を私たちは知りました。

2004年10月23日の中越地震時には、ある団体がとりくんだ震災現場の研究視察に「村の防災のために」と村職員のみなさんと私が職員の運転する村の車で中越まで向かいました。震災翌年の3月のことです。研究者や自治体関係者など全国から集まった一行は、長岡市や小千谷市に入り、雪の中の山古志村にも向かいました。

当時の山古志村は全村民避難中で誰もおらず、役場庁舎は震災直後と同じでガタガタに壊れたままで、もちろん庁舎内は無人状態でした。ここでは、火山灰土ではなく、日本最大の地滑り地帯のひとつといわれる泥岩層によるとされる特有の山の崩落も直に目にしました。

そういうこともあって、火山列島、豪雨多発、台風列島、豪雪、地滑り多発の我が国で、これまでおきた火山灰土や地滑り地帯特有の崩落事例が、全国の大地震時の防災体制にどれだけ教訓として活かされていたのかと思いながら報道を見つめています。

議会常任委員会の調査活動

村議会の総務教育民生常任委員会による所管事務調査活動がきのう行われ同行しました。

調査は、くん炭を製造する循環拠点施設(椿川立石)で発生した過日の火災について、現場において状況をくわしく確認し問題点を把握するためが一つ。

もう一つは、村三セク施設の従業員確保課題について、これも現場の状況をみながら課題解決の原因を探るためなどとして現地を訪れたもの。

調査活動の対象となった二つは、いずれも村の財政支出と密接なつながりがあり、事業目的にそう円滑な運営、経営が常に村民から求められています。

事業や施設に関連する予算・決算を審議し議決してきた議会にも、これらの事業を円滑に進めるうえで議会としての固有の役割・責任があり、今回の調査活動も今後の審議、提案、提言におおいに活かされるものと思います。

▼9月に入ると野の木の実もそれぞれ実の中身を充実させてきます。クルミはもちろんのこと、クリ、ドングリ、ブナグリ(ブナの実)、ハシバミ(ツノハシバミ)も、殻を割ってみれば実がかなり締まって結実しています。

ドングリはクマの大好物。もう食べられるほどに実を結んでいます。今年は並作というブナグリももうすぐ殻いっぱいにパンパンと実るでしょうから、森のクマさんたちもこれからは食べ物にほとんど困らない食の豊かな秋をむかえたことになります。

山の木の実がそういう様子ですから、人里へのクマ出没情報もこれからは少なくなるかも。果樹など人為の食べ物のおいしさを知っているクマは別でしょうが。