堰普請、高原の雪上歩き

5日は田んぼ水利組合の堰普請(用水路の掃除作業)。いつもの年よりはるかに雪の少ない冬だったので、倒木や落石も比較的少なく、朝5時からの作業は順調に短時間で終えることができました。水路沿いのユキツバキが花真っ盛りです。

ここの圃場の用水路は、沼又沢の中流部から取水しています。集水箇所より上流には住宅がなく、沢はイワナの宝庫。用水路には沢からイワナが時々入りこんでいて、稀に田んぼでイワナが獲られることも。それもあり、「イワナが棲む清流で育つお米」を私たちは「誇り」の一つにしています。実際、我が家のお米も食味値80前後をしめすなど、おいしさ度の各数値で毎年安定しています。おそらく、水、土、気候が、秋田県南の食味値特A級のなかでもさらにおいしい村の「あきたこまち」を育くむ条件となっているのでしょう。村内には、ほかの山村と同じようにそういう条件を満たす圃場が各集落にあります。

まもなく代掻きのシーズンがはじまります。作業後には取水門のゲートがグンと上げられ
、雪解け水が勢いよく沢から水路に取り込まれました。

▼連休には須川高原の池塘に「そろそろミズバショウが咲く頃」と向かいました。残雪上のブナ林や高原を歩くのも目的にしてです。

さすがに標高1000㍍ラインまで上がれば、消え残っている雪もほぼいつもの年のように締まっていて、堅雪が緩んだ午後になっても歩きやすく、どんどん遠くまで足をのばすことができます。ようやく堅い雪の層まで雪解けが進んだ様子ですので、これなら、いつもの年の春山のように雪上歩きも遠くまで向かうことができそうです。

この土地の特徴ある池塘もだいぶ姿を現し、高原の植物では真っ先に顔を出すミズバショウとコバイケイソウがいくらか群生で見られました。

ここではショウジョウバカマがやっと咲き始めたばかり。イワナシはさすがにまだ小さな蕾のままでした。マンサクが雪におさえられながらも花盛りです。5日でブナの萌えがまだ1000㍍ラインの高原までは上がっていません。あとわずかで、高原は雪上にブナの新緑が映え、ムラサキヤシオやタムシバなども彩りを添えるようになるでしょう。

雪上散策は登山道とはちがってどこでも自由に歩けます。雪が締まっていて歩きやすく、道路からちょっと離れて見晴らしのよさそうな小高い丘に上がりました。視界は360度。そこでは、雪の上歩きでなければ望めない景色が眼前にひろがります。すぐそばにデーンと栗駒山、秣岳、北に焼石連峰、そして北東には胆沢平野の市街地のはるか向こうに早池峰山らしい姿が雪を抱いて遠望できました。

いつもなら登山者や温泉客、ドライブのみなさんでにぎわうゴールデンウィーク中のわが栗駒山荘は、新型コロナウィルス対応の営業自粛要請にこたえ、シーズン初めの最大の稼ぎ時なのに休業中でひっそり。ホテルブランと同じように休業は今月31日まで延長です。岩手側の須川高原温泉も同じようにまだ営業していませんが、好天に誘われた地元の方々なのでしょう、自然に流れる小川のような温泉で自由に足湯を楽しむ姿がみられました。

きのうもお知らせしたように里でも山でも桜が満開。各集落には、ご当地ご自慢の桜があるものですが、椿川谷地集落のヤマザクラ(オオヤマザクラ・ベニヤマザクラ)もそういう見事な桜のうちのひとつでしょう。

谷地と天江集落は、周囲里山のブナの萌えとヤマザクラ、成瀬川とそこに注ぐ大深沢の清流、その大深沢の水を湧き出す東山が東部背後にすっくとそびえていて、「これぞ山里の絶景」がよくのぞめるところです。

成瀬ダム工事現場もこの日は静まりかえってひっそり。北ノ俣沢は、ブナ樹林帯の萌えが上流に向かってどんどん進み、点在するベニヤマザクラが新緑の景色をひきたてます。

▼ところで、新型コロナ対応では、村の対策本部が連休中もふくめ6日までに数回の会議を開いています。村議会はこれに対応して、すでにお知らせしているように4月22日に全員協議会をひらき対策本部の説明をうけ、あわせてコロナ禍も見据えた今年度の議会の行動計画を話し合っています。

全国や県の議長会の研修行事、あるいは個別の議会同士の研修・交流会等すでに中止が決定、あるいは中止の固まったものが多く、村の議会常任委員会等の管外研修についても「コロナ禍の状況をみて判断」ということで当面は見合わせることが常任委員長各位の間で話されており、すでに先月の全員協議会時にもそのことが確認されています。

その他の活動も含め常任委員会等の調査活動は今後も病禍状況にふさわしいとりくみがなされるものであり、それとコロナ禍対策の予算はまた別個に総合的に検討されなければならないと我々は考えています。病禍対策で村としての必要な支出の財源は、基金はもとより、歳入としての国、県の交付・支出金も含め、歳出では議会費だけでなくすべての歳出をみて、つまり村予算の全体をみて補正判断しなければならないととらえているからです。

そうしたことも含め、村の対策本部の情報を議員各位に節々で伝えることを重視し、全員協議会開催に続き、副議長、議会運営委員長、事務局長との打ち合わせ会議を我々は適宜行ってきました。きのうも23日の打ち合わせ会議に次いで、6日に行われた村対策本部の会議に基づき4者で打ち合わせを行いました。その際には、村の対策に反映したほうがよいだろう気づいた点なども出されました。その打ち合わせを終えた後、村対策本部の新たな情報を議員各位へ発することにしたところです。

こういう非常時にあたり、とくに強く感じていることがあります。それは、通常のくらしのなかで、住民の暮らしをまもる地方自治としての政策がどれだけ先駆的に行われているか、その大切さがこういうときによくわかるということです。

村は、学校給食費の無料(約850万円)、修学旅行費の半額補助(中学校は沖縄、小学校は松島方面)、高校生通学費の8割補助(約650万円)、出生時、小中入学時、15歳時に支給する手厚い子育て支援金(約135万円)、手厚い保育料補助、村単独の小中学生医療費全額助成などなど、まず子育て・教育のあらゆる側面でくらしへの支援策をひろくとっています。高齢者への支援策しかり、中小事業者のみなさんへの起業支援策や雇用への支援策もしかり、農家支援策もしかりです。これら日常とってきた厚いくらし支援策が、こういう非常時にはとくに政策効果が発揮されていると思います。()内数字は平成29年決算。

非常時にこそ、通常やっておくべき政治の大切さがわかるというのは、今よくみえてきた国の医療対策の脆弱さだけでなく、地方自治にもいえることだと思われます。非常時にこそ、断面だけでなく、全体をよくみて考えなければということです。今日は、少し熱くなりずいぶん長くなってしまいました。

村内小中学校の臨時休業が解けました。生活のリズムを整えるのに戸惑ったでしょう子どもたちも、ようやくいつものような一日を取り戻せたでしょう。学校での子どもたちの喜びの姿、通常の職場に立つことができた先生たちのうれしい顔が目に浮かぶようです。

桜満開のなか田起し

2日は田んぼの耕起作業にとりかかりました。いずこも粘土質で土深い我が家の圃場は、予想したように土が乾きません。一部ではドジョウやタニシが圃場の溝に常にいるほど湿潤の土地なので、トラクターの車輪がいつもの年よりかなり深く土に沈みます。こういう時は、土を「掘る」というより「練る」といったほうがよい場所もあります。

▼こちらが狩りをしていた当時、ゴールデンウィークの頃は春のクマ狩り真っ最中。村内にある古くからのマタギ集落では「この週間はのがされない」と、県境の数あるクラ(崖)のいずれかにいくつかの狩り集団が向かったものでした。

そのうちの一つが天正の滝の合居川渓谷。この谷の冬から春にかけては、渓谷入り口から大中小規模の雪崩が発生、落石も春はとりわけ多く、昔から「冬の谷入りはワス(表層雪崩)で厳禁、春先はヒラ(底雪崩)に気をつけろ」とマタギの先輩たちからよく教えられたものです。

この時期は雪崩の雪と落石が道をふさぎ、危険なので車はもちろんまだ通行止め。長年の狩りや山仕事、山菜キノコ採りで山と谷の様子を知るこちらは、ここらあたりの谷の「どの時期にどこが危ないか」がほぼわかり、そういう学びの体験をもとにこの連休に渓谷へ入りました。

雪が少なかったとはいえ雪崩落ちた雪が車道をふさぐ谷は、いま天正の滝周囲よりかなり上流部までブナが萌えています。この萌え始めの葉っぱは冬眠明けのクマの大好物で、我々狩人は「クマはブナのホゲザゲ(萌芽境目)」にいると言ったものです。3日のように晴天でかつ夏のような日ならば、大森山のてっぺんや渓谷内の見通しのきく尾根で合居川渓谷を一日眺めていれば、ブナの木に上っていたり、地面を歩き回るクマたちの姿があちこちで見られたでしょう。

所々のブナを眺めたら、花芽がほどよく着いている木もありますから、このまま結実できれば今年はブナの実が平年作ほどにはなるのでしょうか。尾根とは違い雪解けの遅い斜面樹下には遅咲きのチヂザグラ(土桜・イワウチワ)がいま花真っ盛りです。期待していたトガクシショウマとシラネアオイは、なんぼなんでもここではまだ早しです。

石英斑岩の柱状節理が垂直に切り立つ「イズクラ」の崖と山桜、ブナの若葉、それにヒメマツ(キタゴヨウ)の緑が彩る春の渓谷も、秋とはまたちがった断崖の美を見せてくれます。

▼谷の山桜とともに自宅前公園のソメイヨシノやヤマザクラも満開、鉢植えのトガクシショウマやサンカヨウも咲き、我が家のシダレザクラもやっと見頃となりました。

家の中や家周りで野鳥観察

いつもの年のゴールデンウィークなら人の大移動はあたりまえ。なのに新型コロナウィルス禍の今年は休日時の下り東北新幹線が乗車率0㌫~数㌫、1車両に一人だけの乗客という光景が報道されました。高速道路も同じようにこの時期にはありえないような車の少なさです。

お盆と同じように帰省のみなさんや県外ナンバーが多くなるこの週間も、今年はひっそり。我が集落でも、いつもこの季節に帰省される方々が今年はほとんど見られません。村の直売所もオープンは先送りされています。

さて、人の大移動にはこのように自粛制限がかかっていますが、自然界を移動する生きものたちは普段の年と同じ。この季節になると南の国から渡ってくる鳥たちはいっきに増え彼らの世界はにぎやかになっています。

我が家のまわりでは、シジュカラやカケス、ヒヨドリなどに加えて、ウグイスが毎日のように美声でさえずり、渡り鳥のオオルリなども群れで見られるようになりました。おかげで朝は、小鳥たちの鳴き声を聞きながらの目覚めです。

その年によってなかなかお目にかかることができないこともある私の大好きなオオルリ。今年は29日に薪切り作業をしている時に一羽が目に入り、その日の夕方自宅の中からも群れが目に入りました。

夕刻なのに動きは活発で、枝に留まっては、あの美しく長~い鳴き声、ちょっと言葉では表現のむずかしい声を響かせ、時折空中を飛ぶ虫でもとらえるような仕草を見せたり、歩く虫を見つけてなのか地面に舞い下りてすばやくまた枝に戻る仕草も見せました。

今回はヒヨドリを多く載せました。生息数も多く体色からしてふだんはそんなに気にかけぬ鳥でしたが、我が家そばの梅の木に毎日何回も訪れ、桜と同じように満開近くなった梅花の蜜を食べています。その仕草をじっくり眺めたら、地味な灰色の鳥と思っていたのにそれはこちらの思い込みで、どこか歌舞伎役者を思わせるような重厚な美しさがあることに気づいたのです。メジロも梅の花に似合う小鳥のようですが、このヒヨドリもそれと同じほどに梅の花に引き立ててもらい、梅の花もヒヨドリとならべるとその美しさがいっそう引き立つように見えます。

私は名を知らない小鳥たちがたくさんいますが、最後の写真の小鳥もそのうちのひとつです。大きさはヒヨドリとほぼ同じですが、胴体が丸く多彩で、嘴もおもしろい形と色をしています。これはシメという鳥にも似ているようですがよくわかりません。それらもふくめ、この間部屋のなかからや、家周りだけで目にした小鳥たちです。

行者ニンニクで免疫力?をつけ

「仕事は先送りせず、やれる時に早く」という私の流儀もあって、28日、ムリして田のクロ削り(畦削り)にとりかかりました。もう少し土が乾けば作業は楽なのにです。

異常な暖冬少雪で早くに雪は消えましたが、下旬は低温と雨続きの天気でした。そのため田んぼも畦も乾きが悪く、道で行き会う農家の方々も「ゆぎ、早ぐ、けだのも、田、かわがねぇ、おがしな、年だ(雪は、早く、消えたが、田は、乾かない、おかしな、年だ)」と言います。

雪解けが早かったので、耕起作業にはもっと早くとりかかれるとみなさんも思っていたようです。でもこの調子だと、いつもの年とそんなに変わらぬ時期の田起しとなりそうです。5月はじめは雨天があまりないようですので、トラクターの総出動はその頃となるのかな。

わが田んぼも道路も雪はすっかりなくなり、土手のカダゴ(カタクリ)とチャワンバナコ(キクザキイチゲ)は花盛り終盤の時に入りました。鍬を持っての畦削りは腰が痛むので、時々腰を伸ばして一休み、花見をしながらの作業です。小花たちの咲き競演はもう今日あたりでおしまいでしょう。

久しぶりに鍬を持った手には血豆ができていました。血豆ができるほどの仕事をすることはそうはなくなったからでしょう、手も柔くなったものです。手のひらを見たら、血豆を通り越してタコが出来ていた当時の昔の農作業時を思い出しました。

ここは集落の中でも吹きだまりの雪が多いところで雪消えが遅く、土手のゼンマイもようやく顔を出し始め、転作田に栽培するワラビの間に植えていた行者ニンニクもやっと食べ頃です。妻は「これとキノゴ(エノキタケ)を食べて免疫力?をつけ元気に」と早速食卓へ。

行者ニンニクの香り、というより臭いはかなり強烈。私は風邪ウィルスの予防では体に元気をつけるために蜂蜜とニンニクをよく利用します。科学的な根拠とかはわかりませんが、それと同じで確かにこの行者ニンニクも体の元気の素とはなるように思います。今の季節限定の山菜ですが、ウィルスなどに負けない丈夫な体を保つためにもおおいに利用したいと思える山菜です。

早春に猛毒キノコもお出まし

過ぎた週末から休日にかけては、新型コロナ禍による休校などもあり訪れていた童たちと過ごす時が多くなりました。

日曜日には「もしかしたら畦削りができるかも」と田んぼへ。こちらが作業をしている間に、童たちには圃場に接する水路で生きもの捕りをさせようとその準備もしてです。

やっぱり畦は濡れすぎていて土削り作業はムリ。童たちの生きもの探しではそんなことはおかまいなしですから彼らは捕りに夢中。

水路の泥の中には冬ごもりをしたたくさんのドジョウが隠れていますし、イモリやタニシもいっぱい。陽射しがあるかと思えばたちまちのうちに降雨と、変化の激しいお天気で長居はできませんでしたが、わずかの時間ながら童たちは生きもの捕りに満足したようです。

ほかにも河川敷に出かけて笹子(ネマガリタケの細い竹の子)やコゴミ、生長して少しトッコ(茎)を見せ始めたアザミ、ワサビ、そして童が採りを好むユギノシタキノゴ(エノキタケ)に向かい「キノコさんキノコさん、出ておいで」などといいながらキノコ探しも。

▼ところで今回のキノコ探しでは猛毒キノコ(最後の写真)とも出会いました。そのキノコの名はニガクリタケ。県内でも中毒死例がいくつかあります。東北では過去に一家6人が食べ、うち子ども4人が亡くなるという悲惨な事故例も伝えられる猛毒キノコです。

このキノコ、ほぼ一年中発生するようで、豪雪の土地では春から晩秋、初冬まで見られます。秋から初冬にかけてはごく普通に目に入るキノコで、ちょうどサモダシ(ナラタケ、)やヤマドリモダシ(クリタケ)、ナメラコ(ナメコ)、ユギノシタキノゴ(エノキタケ)などと発生時期が重なり、発生場所もほぼ同じ、場所と種類によっては同じ木に発生していることも時々あります。そういうこともあって注意がとても必要な猛毒キノコです。

しかしこの猛毒キノコ、「春に出る」といっても、早春の4月に見かけたことがこちらにはありませんでした。それが、こうして顔を出しているのです。確認のために少量を口に含み噛んでみたら、名の通りで苦みがジワーと口中に広がりました。まさにニガクリタケです。前述のように最も多くの方々に採られる食用キノコたちと間違われたり、混じったりして採られることがあり得ますから、ほんとに要注意です。

とりわけ初冬と早春は、ユギノシタキノゴ(エノキタケ)の幼菌と間違いやすく、二つのキノコの鑑定に絶対の自信がなければ、ユギノシタキノゴ採りは避けたほうがよいでしょう。相手はこんなに小さき姿ながら、人の命を奪える猛毒をもっているのですから。村であまりユギノシタキノゴを採らないのは、長いキノコ食の歴史のなかで、そういう毒種への警戒感があるからなのかもしれません。

村のホテル(三セク)も臨時休業

例年より早く、須川温泉に向かう国道342号の冬季閉鎖が24日に解除されました。(しばらくの間、夜間は通行止)

しかし、道路は順調に早く通れるようになったものの、冬期休業のホテル栗駒山荘は新型コロナウィルス禍による自粛要請で来月6日までオープンは当座見送り。宴会をのぞき営業中だったホテルブランもやはり6日まですべて休業となりました。

栗駒国定公園圏内に隣接する秋田県南の市町村と通ずる岩手の奥州、一関、西和賀や、宮城の栗原、大崎、それに世界遺産平泉とも近くに接し、342号とともに周遊観光カナメ路線のひとつ国道397号も、岩手県側の橋梁工事のため6月下旬まで全面通行止め。雪が少ない年でこちらも早く通れるはずだったのになんとも残念なことが重なります。

前述の村の三セクホテルは、ゴールデンウィークなのですでに宿泊予約も入っていたようですが、お客さんにはお断りの旨の連絡が急きょなされたようです。

ゴールデンウィークに大都市圏からの人の入りが多くなることはコロナ禍でもとっくに予想されたこと。観光目的での国民への移動自粛要請と同時に、それに並行して観光客を受け入れる側に対してももっと前に休業補償とセットで全国的な「自粛の要請」がなされていれば、こういうことへの事前の理解が深まり予約も控えられたでしょう。観光目的の動きへの的確で素早い対策、これも我々からみれば国の対応は遅いととらえざるをえません。

繰り返しますが、営業に関する「自粛要請」なので休業補償とセットでなければ経営側には説得力に欠けるものとなります。それへの要望は日増しに強くなり、雇用調整助成金などで制度の拡充方針をきのう国は示しましたが踏み込みは遅く、「持続化給付金」案の対象の不十分さの見直しや「経営に要する固定費全額の補償を」という切実な声は大きくなるばかりです。そうしている間に感染の範囲はどんどん広がってきました。医療や予防衛生体制のみならず、後手と思われる策がこうした面でも続きます。

補正予算待ちだとコロナ対策が遅れることは我々ですら懸念していたこと。補正待ちではなく国の新年度当初予算にこうした対策費が盛り込まれていればもっと素早い対策が打てたはずです。こういう面でも、国政全体の危機管理への在り方が問われているように思われます。

▼晴天が続けば畦削り作業に入る予定の土、日曜日でしたが、変化の激しい時々の降雨で畦の土が濡れ作業は無理となりました。

そのちょうど週末に、注文していた5立方㍍のナラの薪材が運び込まれましたので、時々小雨の中ながら薪切り作業にとりかかりです。これには休校中の童も「体を動かす」と手伝い。身内のりんご農家からは、剪定作業後の廃材も薪用としていただき運び入れました。

童たちは気分転換に成瀬川での石投げに興じ、そのついでに川原に落ちているプラスチック類ヤビニルなどのゴミ拾いでも体を動かしました。先日、集落こぞって大掃除をした公園にも、もうビールの新しい空き缶が二つ投げられています。たばこの吸い殻も相変わらず見られました。公園なのにこうして堂々と不法投棄です。

先日のクリーンアップ活動でも道路沿いや小河川沿いなどで多くのゴミが拾い集められました。ゴミについてはよく「ポイ捨て」などという言葉が使われます。「ポイ」も「捨て」も語感の上ではさも軽い行為のようにとらえがちです。しかしそれは「不法行為・犯罪」なのだということを社会全体にもっと深く浸透させる必要があるでしょう。

こうした行為をなくすには、まず家庭での子ども達への「教え」が第一。さらに小、中、高校でのゴミについての「教え」「公衆道徳」の徹底にももっとつとめていただかねばと、山、川、海のゴミを見る度に思います。

おかしなムジナ(タヌキ)

先週、所用果たしで村内を回っていた時のこと。

手倉真戸地区の村道で車を走らせていると、真っ昼間、舗装道路の上をトコトコとこちらに向かい歩いてくる生きものがいます。はじめ「ネコかな」と思いましたが、だんだん近づいたら、それはネコではなくムジナ(タヌキ)。

車を止めて眺めていたら、こちらなどまったく無視、どんどんそばに寄って来ます。それで「オッ」と声をかけたら初めて彼は立ち止まりました。

よく見たら、秋のあの丸々と肥え太ったムジナとは大違い。ぎすぎすと痩せ過ぎていて、冬毛から夏毛に変わる時期ですから毛が抜けているのはわかりますが、それにしてもほんとにみすぼらしい姿です。

やがてそんなに急ぐこともなく彼は山の藪に姿を隠しましたが、こんなに痩せて勢いのないムジナを見たのは初めて。病気なのかな?それともこの歩き格好はよくあるムジナの擬死と似たようないわば彼のお芝居で「ムジナ特有の生きる術なのかな?」などとも思ったりした、おどけたようなムジナとの出会いでした。

新型コロナウィルス関連で全員協議会

村議会全員協議会がきのう開かれました。新型コロナウィルス感染症に村が対応してきた状況や今後の方針などについて説明をうける目的での会議です。

この感染症対応では、村はまず災害対策部を今年2月27日に設置。4月1日にはそのまま災害対策本部へ移行。同8日午前9時、今度は国の対応をふまえ法に基づく「東成瀬村新型コロナウィルス感染症対策本部」が設置され、この日まで4回にわたる対策本部会議が開かれています。広範にわたる危機管理課題なのでその担当部門は総務課となっています。この日の説明には、個別分野として村有観光施設の指定管理者である秋田栗駒リゾート(株)からも出席していただき、栗駒山荘やホテルブランの営業動向も聞きました。

説明を受け一定の質疑や意見などが議員各位から出されました。いずれこの感染症は村政のあらゆる部門に影響する大きな対応課題であり、今後も状況をみて随時、議会としての提言も視野に置いた活動がすすめられます。

▼おととい、所用で横手と湯沢に向かいました。途中、県内でも有数の観桜公園とされる増田の真人公園と湯沢市の前森公園そばの道路を通りました。

どちらの公園も今年は小鳥ウソの食害がほとんどなかったらしく花の着きは見事。暖冬で例年よりかなり早く桜がほぼ満開のように見られましたが、人の姿は少なし。公園入り口には新型コロナ禍を理由に「花見宴会」のお断り書きがどちらにも掲げられていました。

公園の長い歴史のなかでもこういうことはあまりなかったことなのでしょう。花の咲きそろいが見事な年だけに、全国、東北、県内と、観桜行事にいろいろと関わるみなさんの無念がよけい強く感じられました。

▼村の育苗センター(JAこまちに指定管理)でつくられた緑化苗が各農業法人や個々の農家の育苗ハウスへ移される作業が始まりました。個々の家々での種まきも村内あちこちで見られるようになっています。

新型コロナウィルス禍で社会は春のはじめから大きな痛手をうけています。それだけに、こういう時だからこそ「なんとか、今年の田んぼは、良い作でありますように」との思いが、いつもの年より強く苗に、そしてこの苗を育ててくれるお天気にこめられるような気がします。まずは5月末の田植えまで苗が順調に育ち、田んぼに移植されてからも豊かな稔りの秋となることを願いたいものです。

野はみんな新鮮、いきいきの季節へ

これまでもお伝えしているように、まだ藪とならない春の河川敷では、平坦な川原を散策しながらの山菜やキノコ採りができます。歩きついでながら先日採ったユギノシタキノゴ(エノキタケ)は10㌔ほど。このキノコ、ここでは春の発生量は初冬より少ないですが、それでもこれだけ収穫できるのですから充分です。これでまたおいしいキノコがしばらくの間ごちそうになれます。

ユギノシタキノゴはもちろんですが、雪解けの早い水辺や日向ではコゴミもいよいよ最盛期、ワサビも蕾がいっぱいとなり、花が開いた所も見られはじめました。

我が家前でもようやくニリンソウが咲き始め、甘くてとろりサクサク食感のカンゾウ(ヤブカンゾウ)も食べ頃。クレソンやノゼリも勢いよくどんどん草丈を伸ばし、いよいよ旬入りです。

河川敷ではイワダラ(ヤマブキショウマ)やササゴ(笹子・ネマガリタケのうち細いタケノコ)も顔を出し始め、ヒラタケも見られます。友人からは「まだアエコ(ミヤマイラクサ)は食べていないだろう」と初モノもいただき、食卓はいろんな山菜やキノコでにぎやかになり始めました。

新型コロナウィルス禍で社会には重く沈んだ雰囲気が漂っています。本来なら職場も学校も新たなスタート、新たなメンバー、新入生が加わり、新鮮、躍動感あふれる季節の頃なのにです。体験したことのないこの大きな病禍は長期にわたる可能性もいわれますが、力を合わせてこの苦難に耐えなければなりません。こういうときなので、山村暮らしの特徴をありったけ活かしたいもの。よく体を動かし、コロナウィルスに関係のない山菜やキノコたちからも新鮮いきいきの活力をいただいて、病への抵抗力を高めたいと思います。

▼平良集落北の日向でヤマザクラが満開に近くなり、おととい役場前のソメイヨシノも開花し始めていました。その頃になれば人里近くの湿地ではミズバショウも真っ白な苞(ほう)をすべて広げ開花しはじめます。

岩手との県境となる村の名峰・東山は、里山の雪解けが終わるにつれ残雪の山姿がひときわ麗しく見えます。それは、岩井川、肴沢、蛭川からのぞむ県境の三界山も同じです。隣接の自治体から村の学校や保育園に通う先生方も、晴天の日の朝には真白き焼石連峰のくっきり山容を目にしているでしょう。

実は今年、東山近くの柏峠や小出川上流、そして笹森山へ。あるいは土倉沢から蟻巣山経由で三界山へ上り合居川カッチ(最上流部)を巻いて沼又沢へ下りる。以上2コースどちらかの残雪上春山行を計画していました。

しかし、残雪の締まりがあまりよくないようなので雪上歩きは今のところあきらめました。そうしているうちに雪も所々消えてしまい雪上歩きはなおのこと難儀になるでしょう。逆に雪解けが早いようですので、登山道をたどってリュウキンカとミズバショウが盛りの頃の春山に今年は早めに向かってみようと思います。

▼きのうは、羽後町議会の阿部養助議長、後藤忠保副議長、小沼美奈子事務局長の各位がお見えになりました。この3月に改選されたばかりの羽後町議会。先の臨時議会で新たな議会人事が決まったことによるあいさつでのご来庁です。佐々木副議長にも同席いただき、互いが関係する今後の活動の打ち合わせも含め懇談しました。

平成の市町村合併の際、湯沢雄勝管内旧6市町村のなかで羽後町は我が村より一足早く単独町の方針を決め、ともに合併せずに自立で歩んできたところ。諸施策や議会活動などで刺激を受けとても学ぶところの多い町です。前職の藤原議長さんと和泉副議長さんのご尽力とご厚誼に感謝を申し上げながら、新しい議長、副議長さんとも、これまでと同じようによく連携して学びながら歩みたいと思います。

暖冬を経ての生きもの考

過ぎた週末17日の午後、県境近くまで上がり鳥海山を遠望しつつ深山の残雪風景を少しの時間目にしてきました。この日は、新型コロナウィルス禍、再度休校となった童といっしょです。山に向かった目的は、残雪の自然を歩くことと森の生きものたちの観察です。運がよければ「冬眠明けのクマ、それにクマタカを見られるかも」というわくわく感をもちながら双眼鏡持参で向かいました。

できれば県境の北尾根まで上がり、その尾根を北に少し進み南本内川やその支流のヒヅヅ(羊・ツルクラ沢)のカッチ(最上流部)、山内・黒沢分水嶺方面の三森山近くまで足を伸ばす予定でした。が、車から下りて雪上を歩き始めたら、足が20㌢ほど雪に沈みます。

たとえ午後からとはいえ、晴天の堅雪の季節にこれだけ雪に足が沈むのは意外なこと。「この雪のぬかり具合では、雪山歩き初の童を連れて県境までは上がれない」とすぐさま雪上歩きは断念しました。積雪量が少なく、暖冬だったためか、シラパデ(締まった堅い雪の層)が少ないためか、雪の締まりが今年はどうも緩いのです。

歩き始めたすぐの雪上にはカモシカらしき古き足跡があります。すでに爪の痕がはっきりしないようなクマの足跡らしきものもあります。2~3日前ほどに歩いた痕でしょう。足跡からしてかなりの大グマらしく、それは南本内側か三又・黒沢方面から来て合居川方面に向かったように見えます。足跡が古いし雪に足が沈むし童もいっしょなので追跡は止めました。

県境近くまで上がったついでに、集落の狩人たちが昔からクマ狩りのクラ(崖)として通い続けた「ブサ穴」を前にして「あの崖の松の木が二本並んでいる右手(東側)に、ブサ穴というクマの冬眠岩穴があるんだよ」などと教えながら、童に双眼鏡で崖をのぞかせました。この穴で冬眠したクマだけでなく、ここら一帯の崖は日向で雪解けが早く食べ物が早く見つけられるためか、通りすがりのクマたちがよく見かけられるのです。

もう4月も半ばを過ぎ、例年この時期になればクマの春山有害駆除が始まる頃。でも今年は里山ではあまりに雪解けが早く山が「黒く」なってしまい(雪が消えた山を村の狩人は、黒くなったという)、クマの姿は林や藪で確認がむずかしくなってしまいもうほとんど無理。

残雪がある山もこのとおりで雪に足が沈みますから、雪の堅い朝は歩きやすいが帰りにこれだけ足がぬかったらカンジキがないと、やはりこれではクマ狩りに必定の遠出も無理でしょう。つまり、今年の春は、有害駆除でのクマ狩りはどっちでもなかなか気が進まないということがあるのかもしれません。雪上の山ではこれからが春熊駆除の最盛期となるのですが、雪の締まりがよくないのに加え、もうブナ芽吹きの嶺走りが始まっています。葉っぱが萌えれば視界が遮られます。こういう狩る側の悪条件が重なっている今年は、おそらく、例年に比べ春に捕獲されるクマはかなり少なくなるのではと推測されます。

暖冬少雪の今年は、クマの捕獲数減が推測されるだけではありません。それに加えて、県南や県内に急速に増え始めたとされるニホンジカやイノシシも、冬の間の捕獲はおそらく雪が少なく藪が多くて県内ではそれほどの成果はなかったと思われます。雪が少ないために彼らの多くは、普段は活動しにくい豪雪の土地でも多くがそのまま生き残り、今年はいっきに繁殖数を増やす可能性が大と推測されます。クマもイノシシもシカも、異常な暖冬を経た今年はこのように生息数増が推測され、被害増加の可能性を私は心配しています。