それは過ぎた休日に入った沼又沢でのこと。
歩き始めてすぐの道路そばに何か生きものの毛皮らしきものが遠くから目にはいりました。近づくとそれはカモシカの死骸で、毛皮のまわりには足の骨が三本、少し離れて頭蓋もあります。
肉はもちろんのこと、内臓はいちばん最初に食されたらしくその跡形は無し。カモシカ特有のコロコロした黒い糞ではなく、まだ腸内にあって固まっていないゲル状の糞跡が雪上に撒かれたように散乱しています。腸が食べられた時に破れて内容物が散らかった跡です。
そばにはカモシカが横たわったような雪の窪みがありますからここで生体は息絶え、後にまずキツネかテンによって内臓と肉が食べられ、さらにカラスやトビ、ほかのほ乳類も加わって残骸はきれいに片付けられたのでしょう。
息絶えた場所から5~10㍍ほどの範囲に骨が散乱していたので、それぞれの関節から離され動かしやすくなった五体は、息絶えた箇所とは別のところで見られたわけです。
もっとも肉量の多いもう一本の足と、肋骨、背骨など胴体部の骨は近くに見えないので、それらはもっと遠くへ何者かが運んだと思われます。
残された三本の足と頭蓋にわずかに付着している肉はその日の朝も食べられたようで、食痕は真新しいものでした。いずれも、すってんてんに食べ尽くされる寸前ですから、この食べ物に出会った生きものたちはめったにない幸運を得たことになります。
雪崩によると思われるカモシカの死骸は時々目にしますが、今回の残骸のある場所はそんなところではありません。死因は何かの病気か、それとも老衰でしょうか。ニホンオオカミが絶滅した我が国では、彼らを常襲する天敵はおりません。この周囲では稀にごく一部のツキノワグマがカモシカを食している姿を見たことがありますが、そのクマも里山以外はまだ多くが冬眠穴の中のはず。
それにしても、見事なほどに死骸はきれいに片づけられるもので、あらためて自然の厳粛さを思わせられた春の一コマでした。
▼ところで、それら散乱した骨片と毛皮のすぐそばには、スギの幹の皮を剥いでつくったリスの巣が雪上に落ちています。
まわりはスギの林ですから、どれかの幹の梢近くにつくられた巣が、雪の落下か強風で落ちたか、あるいはほかの捕食者に巣が襲われて落ちたかのいずれかでしょう。巣の中には、ふわふわのリスの毛もいっぱいみられました。
▼また別の雪上にはスズメバチの巣のかけらも落ちていました。スズメバチの巣は、冬になれば蜂のほとんどはいなくなりますが、冬でもその巣の中に数匹が残って春をむかえた個体を過去に見たことがあります。
そんなことを承知の捕食者が巣を壊してわずかに越冬していた蜂を捕ろうとしたのか、あるいは雪の重さで巣が壊れて落ちたか、これもそのどちらかでしょう。
私の雪上歩きは、生きものたちが厳しい冬と向き合う姿を想像する、生態探索の歩きでもあるのです。