樹上のテンは、枝から枝へと移りながら熟した実だけを選んで口にしているらしく、5粒ほどの実に口を当てた後、8分ほどで食を終え幹を下りて雪原を歩きました。10㍍ほど離れて身を隠して写しているこちらにはまったく気づいていないのか、気づいてもある程度距離があるので無視しているのか、ゆっくりと、また妻が立つ炊事場から2㍍の窓の外、来た道を引き返して姿を消しました
テンの黄色は白雪に映えます。この毛皮の色はテンによって様々。色の名前ポケット図鑑(福田邦夫著・主婦の友社)を脇に置いていますが、こちらが過去何十年もの狩猟で目にした幾多のテンの体色は、マリーゴールドあり、サフランイエローあり、インディアンイエローあり、黄金色、山吹色、うこん色あり、サンフラワー色あり、くちなし色、クロームイエロー、たんぽぽ色あり。つまり、赤と黄の間で体色は実に多彩です。
前述の著書で福田氏は、きつねいろの解説ページで「古くからの色名には動物の色からとられた色名というのはほとんどない。……中略……。動物の毛皮などからの色からとられた色名は、鎌倉時代以降の中世になって、やっといくらか現れるようになる。……以下略」とのべます。このテンは、どちらかというと朱に近いインディアンイエロー色の美しく暖かそうな衣をまとっていました。
ところで、この柿の木をめぐってのテンとの偶然の出会いは同じその日の夜にも、翌日の夜にもその次にもと毎晩つづきます。風邪気味のこちらが就寝していての9日夜中の10時50分頃、外から「ギャッ、ギャッ」と聞き慣れない音がきこえます。ちょうど外を徘徊しているネコ同士がケンカしている時の、あの「ねごくれぇ(ネコの争い)」の声に似ています。
そういう生きもの同士の争う鳴き声らしい音を、同じ場所で年末にも聞いていたため「おかしいな。もしかしたら、朝に見たテンと別のテンが、柿の実をめぐって争っているのかな?」と、懐中電灯を照らし外をみました。
光の先で目に映ったのはやっぱりテン。柿の木の下でさかんに実を食べています。でもそれは一匹だけ。電灯を照らしていっしょにながめた妻は「もう一匹、ねげだあどだななんべぇ(逃げた後なのでしょう)」といいます。年末に聞いたテンの争う鳴き声の、今日は再演だったのでしょう。争いの声は、ネコのように長く派手な相手を威嚇の声ではありません。一瞬の鳴き声で勝負は決まったようです。
勝ったらしいテンは、樹下に落ちていた実を食べてからすぐに幹を上り、樹上でまたしばらく食を摂っていました。近距離から懐中電灯を直射されても警戒する様子はほとんどなく、ゆうゆうと枝を伝って熟した実を食べ、10分後には幹を下りて姿を消しました。
ブレ写真の最後2枚が夜に見たテンで、それ以外はみな朝に目にしたテンです。同じテンか別かはこちらにはわかりません。が、どうも夜のテンのほうが体色が黄色に近く、大きさもわずかにちがうような気もします。
この柿の木には、カラスや小鳥たちもひっきりなしにやってくるため、13日で実はとうとうゼロとなりました。それでも、テンは樹下に落ちた実がないかと通っているのでしょう、13日深夜もテン同士の争いの声が聞こえました。
初めて樹上のテンを、しかも家の中から見た妻は、テンの美しさ、樹上の動きの速さに見とれたようで、その夜はやや興奮気味で「えぐ、ねれねぇがった。(よく、眠れなかった)」と翌朝語っていました。こちらも、家の中から毎夜、テンをじっくりながめたのははじめてのことです。11日夜など、樹上では食べずに実を口にくわえて幹を下り、その咥えた姿のまま雪上を駈け去り闇に消えました。