危険がひそむマイタケ採り

秋田の山岳遭難では、登山によるものよりも山菜やキノコ採りが圧倒的に多いといわれる。豪雪の地は、豊かな山の幸に恵まれているというそれは証でもあり、幸の宝庫の山には、危険を冒しても人々を寄せつける魅力(魔力?)があるということでもある。

きのう、マイタケ採りのことにふれながら「危険」と隣あわせということを述べた。今日は、昨年のある入山体験を振り返りながらその「危険」を少し深入りして記してみたい。

マイタケは、里のクリや梅、小径のナラ老木などにも発生する。また同じ深山のブナ・ミズナラ帯の広葉樹林でも、比較的なだらかな地形にミズナラの老樹が林立しマイタケの獲れるところも全国にはいっぱいある。北海道などはそういうところがきっと多いのでは。

しかし、村の場合は、奥羽の脊梁から延びる深い谷の尾根や斜面にマイタケ菌がすみつくミズナラの巨木が多く、マイタケ採りは、その幾筋もの尾根急斜面を何度も上がり下がりしながら老木の根元を丹念にまわることになる。

実は、昨年のちょうど今頃、村内でも名だたる渓谷のしかも急斜面にマイタケ採りに出かけた。あの通り昨年はマイタケが大豊作。昼までに収穫物を背にいっぱいにして斜面を下ったら、こちらと同じように中身をいっぱいにしてふくれた大きなリュックが沢に置いてある。「ほほう、どこのどなたか、マイタケたっぷりの荷を置いて、また別の木に向かったのだな」と、なんの気にも留めず沢を下り駐車場近くまで来た。と、こちらとほぼ同じ歳ほどの男性が、山の方へ向かい歩いて来るではないか。

山入りにしてはリュックも何も持たない姿なのを不思議に思い「どちらへ?」という旨の問いかけをしたら、「同じキノコ採りに入った同僚が転落し、足を傷め歩けなくなった。町の仲間へ電話し、救援を頼んだところ。これからだと帰りは夜中になるだろう」という覚悟の話ぶりでその方は答えられた。つまり、消防や警察に救助を要請せず、自力で仲間を救出する考えのよう。春のタケノコ採り遭難でも、こういう自力対応での救出事例は時々ある。「大げさごとにしたくない」という微妙な遭難者心理もはたらくからだろうか。

それを聞いたこちらは「自力でとはたいしたもの。しかし、夜中に、小滝を含むあの沢を下り、歩けない負傷者を救うとなれば担架か背負うかだろう、それは大変なこと。もろとも落下の危惧も。事故が重ならなければよいが。ヘリ救助なら安心なのに」と心配した。

ただ、あれだけの谷に入っていながら、要請した救援の仲間もその谷を知っているらしい趣で、こちらに語ったその方の歩く姿も相当山に慣れている様子。なので「山岳会とかに所属していて、登山技術に長けている方々なのだろう」と一瞬そんな思案がよぎった。「夜の谷で自力救助ということは、自信があってのこと」と配慮し、そこではそのまま別れた。

こちらもウンウンうなるほどの荷を車に下ろし、まずは帰宅した。体力も相当落ちて足はもう使い果たしの限界気味。だが、山岳遭難救助隊のはしくれでもありどうも気になる。めいわくだろうが何かの手助けになればと、電灯やロープ、食べ物などをリュックに放り込み、すぐにまたその谷に向かった。

駐車場には、連絡を受けた町場の仲間たちがもう来たらしく車の台数が増えている。すでに人影はないから転落現場の沢をほぼ知っていて山へ向かったのだろう。秋の日は短く刻はまもなく夕。闇が迫る。彼らも急いでいるのが推察できる。

こちらも、普段は歩かない沢沿いにある小さな滝を上り、先にリュックを見た谷の場所まで上がるがそこにも人の気配はなし。それより上流に少し進むが人が近くにいる様子はどこにもない。この短時間にこれだけ早い動きができるというのは、脚力もふくめやはり山歩きにそうとう熟練の方々と判断。転落の場所はより遠くなのだろうか。リュックのある沢とは別かもしれない。これは、どこで転落しているのか現場の見当がまったくわからない。こちらの体力もギリギリなのでやむなく引き返した。

だが、気がかりは続く。ただ、深夜になっても救急車やパトカーのサイレンなども鳴らないから、無事に救出されたのだろうと決め込んでまずは安心して床につく。

翌朝の秋田魁新聞には「東成瀬の山中、キノコ採りで滑落、横手の男性が骨折」の見出しに続き、「東成瀬村岩井川の山中で、横手市の会社員男性(61)が滑落負傷、と午後8時頃仲間の家族が警察に連絡。男性は仲間4人に救助され病院へ運ばれる。右足を骨折。男性は2日午前8時頃、知人男性と2人で入山。入山地点から東に約3㌔地点の斜面から約30㍍下に転落。知人男性が携帯電話で仲間3人に救助要請。4人は男性を担いで下山」という旨の記事が載っているのを目にし「まずは、よかった」と妻にも話しながら安堵。

警察、消防、村の救助隊などによらず、わずかの人数であの沢を負傷者を担ぎ下山出来るということは、やはり並以上の山の体験がある方たちだったのだろう。それにも感心したが、村人以上に村の深山を知り尽くしている方々がいるということも、当方にとっては少々の驚きであった。こちらなどより、山の歩き体験も体力も豊富で、地形もより知り尽くしている方々であったから、夜の渓谷からでも「自力救出」という判断をされたのか。

アルプスなどの峻険歩きだけでなく、山歩きには、たかがマイタケ採りでもこんな危険が潜む。崖上で転落すれば命取りとなるようなミズナラの根元に、よりによってマイタケが出ていたりするもので、マイタケの魅力に誘惑されつい油断で転落ということもありうる。また急斜面の上がり下がりで、つかまっていた柴木が枯れていて根ごと抜けたり、足を滑らしたりで転落ということもあり得る。こちらは、いずれも崖や斜面のそうした場もくぐりぬけてきているが、幸い転落だけは免れている。沢の石の上での油断転倒はあるが。

遭難を防ぐため、参考になればと昨年の体験を思い返し記した。生業にも趣味にも、時には命がけということがあるもの。が、何より大切なのは命。「命より大切な宝なし」です。