仙北道(手倉越)踏査行(その二)

いつの踏査でもそうですが、参加される方の中には動植物をはじめとする生物、地理など自然界全体のことにとりわけ詳しい方がおられるもの。

今回の山行でも、とっても詳しい横手市のSさんが参加されていて、歩きのなかで植物などに目を注ぎながら生きものたちのいろんな生態のご紹介があり、「黙々」と雨と霧の中を歩くだけでない踏査ができて退屈しなかった。

街道沿いには、秋の気配を感じたキノコや花たちがポツポツとよくみられた。それらのうちのほんのわずかにカメラを向けた。

この日の一番の驚きは、往路の柏峠~山神の間で、道のわずか数㍍そばにあるブナの木に登っていたクマを目にしたこと。

こちらは踏査隊の3班となったので全体の歩く位置列では真ん中辺り。先の方々が歩いた時には樹上にいたクマはまだ人が気づくような動きをしなかったようで、こちらがそのブナの木そばにさしかかろうとしたら、突然樹上から真っ黒物体がまるで落ちるような早さで木を下り(落ちたのではない)、それこそあっという間に笹藪に姿を消した。

大きさ1㍍ほど。それほど大きなクマではないが立派な成獣だった。すぐ脇にこちらより先の班の方々が歩いていたのだが、幸いよく人に向かってこないで逃げてくれたもの。あまりに人の列の近くなので、クマの気性やうごきによってはほんとに危なかった。

クマが見えなくなってから樹上を見上げたらブナの実の生る枝がだいぶ折られていた。樹下には写真のように折られて落ちた枝がいっぱい。枝に着いていたブナの殻(いが)ごと割って実を観たらびっしりと中が結実していた。もうクマの主食に値するほどの立派な結実ぶりだ。普通の年のクマだと今が一番食べもの確保に苦労する時。でも、ブナの実の豊かな今年、結実し稔り始めた実をクマが見逃すはずがないのである。

このブナは、もしかしたら山中の数多あるブナのなかでも実を比較的早く結ぶ樹なのかもしれない。おいしいブナの実をゆっくりと味わっている時に、クマにしてみれば「まさか」の多くの人間たちの現れに「びっくり仰天・動顛」の瞬間だったにちがいない。

昨年秋は合居川で、電柱より高い杉の樹でヤマブドウを食べていたクマが、こちらを発見しあわてたのだろう、杉の枯れ枝に手をかけそれが折れて真っ逆さまに転落した場面を目にした。猿だけでなく「クマも樹から落ちた」のである。しかし、今回のクマは、落ちたのではなく落ちるような早さで樹を途中まで滑り下り、最後は跳び下りたのである。一瞬のことで、すぐ目の前の出来事だったが、あまりにクマの動きが速くカメラを向ける余裕はなし。人もドデンした(驚いた)が、クマもなんぼがドデンした(驚いた)ことか。