仙北道(手倉越)踏査行(その一)

陸奥と出羽を結ぶ道としてひらかれた古道・仙北街道(仙北道・手倉越)の踏査が28日に行われ参加。

街道の踏査は、秋田側、岩手側で一部区間においては年間様々なかたちで行われていて、村から奥州市胆沢の途中までをたどるもっとも時間を要するきのうの踏査もそのうちのひとつ。今回の踏査行は村公民館と村仙北街道を考える会の主催。

きのうは、奥州市側から胆沢ダムの支所長さんも参加。また、地域交流センターゆるるん前で行われた出発式には奥州市胆沢愛宕地区センター長さんもごあいさつと見送りに出向かれた。朝6時出発予定の日程でしたから、奥州市から早朝に出かけられてのご厚意にみなさん感謝。こういう踏査交流がつづいているのも「32年前にやっと復元の踏査がはじまった古道・仙北道をなくされない」という互いの熱い思いがあるから。

さて、この日の街道歩きは予定したコース全体を歩くことは悪天のため断念。前日来の雨で成瀬川が増水した状況や当日の降雨も確実視され、胆沢川支流の小出川や栃川など大きな川の渡渉が危険と判断されたためだ。

このため踏査は、小出川手前の「山神」までとし、そこから引き返す行程に変更された。

歩き始めの姥懐(んばしとごろ・うばふところ)でいつものように御神酒を献げて一同安全祈願。はじめは雨具なしで歩けて「これは、儲け空」などと喜んで語り合った。が、途中ポツポツと雨粒が落ち始め柏峠付近でとうとう雨具着用を迫られるお天気に。

「山神」で御神酒を献げ、引き返して柏峠でめずらしい昼食。いつもならここから望める東山方面も遠くへの視界はゼロ。復路をさらに進めて「せめて帰りの展望を」とみなさん楽しみにしていた「丈の倉」からの焼石連峰眺めもやはり霧に隠されダメ。

予定のコースをたどれなくなったのも残念、それに雨と霧で遠くの視界がみんなさえぎられ、さらに雨具をつけての歩きなので、山行としては残念がいくつも重なった歩きとなった。しかし、歩く途中の胆沢川支流岩ノ目沢支流の水量や、谷から聞こえる岩ノ目沢の流れ音などを耳にして「これは、この集団での小出川渡渉はむずかしいかも」とあらためてこちらは思った。それに再度の降雨がつづいていたからなおさらである。

天候に左右される山歩きとはこういうものである。ましてや、初参加の方もふくめ集団が多いときはなおさら危険を避けなければならず、今回の「渡渉せず途中で引き返す」は賢明な判断だったと思う。この街道踏査は渡渉の安全確保が最優先といってもよい山行。こういうことも一つの貴重な体験、こういう山歩きもあるのだ。こちらも、いろいろと学びの多い「引き返し山行」となった。