歩きを開始は朝6時。まだ早いので駐車場には車が1台のみ、ホテルブランの軽自動車と林道の途中ですれ違う。登山客を送っての帰りなのだろう。
歩きはじめてすぐに、その方々の背がみえる。ご挨拶を交わし合ったら、東京から来られたという。ご夫婦らしい。
若い頃、残雪の春や夏の山でブナ材の搬出や架線集材作業に通った岩手・大森沢のブナ林で少し立ち止まってからは、8合目までまずはどんどん進む。
わずかの間も手を浸していられぬほど冷たい8合目の「たげ(岳)のスズ(清水)」でのどをうるおし、冷やして帰りに食べようと、傷まないよう背にしてきたモモをスズの湧き口に沈める。
焼石沼の小平原では夏の花はやはり終わりを告げ、あるいは終わりに近く、いま目を引くのはヤマハハコやトリカブト、それに背高のっぽのエゾニュウやシシウドの仲間たち。ノウゴウイチゴやエゾノクサイチゴの実が「まだ、残っているかな?」と淡い心で草原を歩いたが、いずこも食べられる実はわずかだけ。
沼のほとりで簡単な朝食をとり、いつものように三界山をながめたり、沼に浮かぶ昆虫類を入れ替わり立ち替わり次々と朝の餌にしているイワナを見つめたり。小学生の頃からここで泊まりの山遊びに明け暮れた頃を想いおこしたりで、ここは飽きの来ない私の休み場。
8合目からの夏の名花タカネナデシコとチシマフウロ、ハクサンシャジンも、なんとか花姿を残している。でも、盛りの美しさからは遠ざかっている。
それらに代わっていきいきしているのがサラシナショウマ、ミヤマアキノキリンソウやウメバチソウなど秋の花たちで、9合目の焼石神社付近からはこれぞ高嶺の名花ミヤマリンドウもちらほらと顔をみせはじめた。
神社へのご挨拶と諸々の安寧無事をこめたお参りをし、頂上へ到着9時25分。まだ秋田側からのぼった方はこちらを含めて二人。他に岩手側からの方が二人いる。秋田側、岩手側両コースの登山道を見下ろしたら、どちらにも頂上をめざしている方が幾人も見られる。
山に多い団体登山のみなさんは、お盆でお休みかまだ時間が早いのか、長い列はまだない。
南の森を眺めながら食事をとっている一人の女性がいて「この山が好き。ここで食事をとるのが楽しみ」と言われた。おたずねしたら一ノ関の方という。この日は、若き女性一人だけという単独登山者もほかに幾人かみられた。昔ならほとんど見かけない山の新しい光景である。若夫婦か、恋人同士らしい熱々カップル幾組かとも行き交った。こういう時は、男一人だけのこちらの姿というものは、どうも様にならないものである。