お盆ならトビダゲ(トンビマイタケ)

「お盆の食卓や仏前にはトビダゲキノゴ(トンビマイタケ)」というのが、わが集落や村の人々の昔からの慣わしでした。ブナの根元に発生するトンビマイタケは、ブナ林の多いわが村の大切な食文化のひとつだったのです。

キノコ採りを大の趣味とするこちら。お盆の季節を象徴するそのトンビマイタケをめざしての山入りを予定していて、やっと成人式の日の午後に村内のブナ原生林に向かいました。

月の初めからすでに同じ目的で山入りした方々の歩いた跡でしょう、山道にかぶさる草木が所々で切り払われ、数人の足跡が途中まで見られます。

連日のカラカラ天気で渓谷の流れは水量が少なく、淵のイワナたちがよく目に入ります。それ以上は魚ののぼれない魚止めの滝の淵には、大きなイワナをはじめ数匹がみられるほど魚影が濃し。この日の目当ては魚獲りではないので、毎年トンビマイタケが発生する二本のブナにまずは直行。

ありました。お盆の象徴が。今年は平年より発生がかなり遅れたようで、いつもなら8月はじめ頃から発生、お盆には過ぎ時となるのですが、今年はお盆で真っ盛りというところでしょうか。ただ、こちらの目ざしたブナは、いつの年もほかより発生時期が早く、今年のキノコは、しねぇ(堅い)老菌が多しで、幼菌はほんの少しだけです。その幼菌も、連日の極端な晴天で地上と空気中に水分が不足のためか、本来のサンゴ状の白い美しさはなく、幼菌なのに体も堅めです。林内にはチンダケ(チチタケ)もちらほら見えます。

過ぎ目のトビダゲですが「仏前にキノコの香りはあげられるだろう」と写真に撮り、採りを開始。なかには陽があたらないで真っ白な大株も。一本のブナの根元だけで背にいっぱいとなり、入った沢からはすぐに出て合居川の本流に引き返し、沢水で喉をうるおし休憩。

まだ時間が早く本流の水量も少ないので「この機会に」と本流の沢上りを思いつき、荷をおろして久しぶりに大谷の上流に向かいました。沢にはどの淵にもイワナの魚影が見られ、小さな淵ではつかみ捕りも簡単にできるほど。

岩手県境にかけての合居川渓谷全体は、若い頃からクマ狩りで、あるいはキノコ採りで、登山で、ブナ林の架線集材でと、何度も入ったもっともなじみの深い山と沢です。クマとの様々な巡り会いのシーン、マイタケを何度も採らせて戴いたミズナラの木々とその時の喜びのシーン、急峻な滝に阻まれてやむなく斜度のきついガケを遠巻きしたシーンなど、ここの沢入りは過ぎし日の山歩きをしのぶ歩きともなります。

沢の途中、イワナの魚影が濃く泳ぐにうってつけの淵があります。着衣を脱いでその淵にゆっくり浸かって山や谷をながめたら、暑さとともに、このところ少し溜まっていた疲れもすっかり消し飛んだ気分になりました。

谷沿いにはいつも眺めるヤマブドウの蔦があります。今年はヤマブドウの実のつきが良く、ここの蔦はいつもの年よりかなり多くの房実をつけています。

背にしてきたトビダゲは、早速煮物と一夜味噌漬けにされ、お盆を送る前の仏前に供えられました。