80年ほど続いた老舗とうふ屋さん閉店

およそ80年ほどの間、豆腐の製造販売をつづけていた村内田子内の後藤とうふ店が3月31日で店を閉じました。

「これが豆腐をつくる最後の朝」になるという30日早朝4時過ぎ、豆腐づくり作業にあたる3代目当主後藤解生(ごとうときお・64歳)さんのしごとをおよそ1時間ほど見つめつづけました。

豆腐造り工程の最後の段階に入ると、これから豆腐のかたちになる原料が袋から取り出されます。その瞬間作業場内には湯気がいっぱいになり、カメラのレンズもメガネもたちまち曇ってしまいます。

 

やがて、小さな青いポリ容器に入ったニガリが豆腐の原料の入っている丸い器に入念に入れられ、ヘラ状の道具でその原料がかき回されます。ヘラは、熟練の技で動いたり止まったり。「ニガリを入れる時が、豆腐づくりで一番むずかしい時。何度も失敗し、オヤジにおしえられながら、やっと一人前になった」という3代目は、とうふづくりに就いてから37年にもなるそうです。

途中で「ホラ、これが(ゆば)だ。ホラ、これが固まる前の豆腐だ(寄せ豆腐のような)」と味わわせてもらいました。こうして先代から引き継いだ独特の技法でうみ出される豆腐は「たごねぇ(田子内)の豆腐」として、村内はもとより近郷近在の方々からも根強い人気を集めてきました。

 

すでに閉店のことは小売店などに伝えられていて、それを知った常連客のみなさんは「あど、んめぇ、豆腐、かれねぐなる、やじゃねぇ(これからは、おいしい、豆腐、食べられなくなる、残念だ)」とつぶやきます。

何十年もの間とうふ店への出入があったこちらですが、豆腐の手づくり作業をジッと見つめ続けたのはこの日が初めて。30日につくられたその最後の豆腐。「これが、80年間伝えられた最後の味か」と感慨をもちながら、味噌汁、湯豆腐でごちそうになりました。

写真が多くなりましたが、「80年の技の記録」ということでご了解ください。

▼転勤にともない、村と関係する部署で転出、転入される方々のご挨拶訪問が続く4月。

きのうは、成瀬ダム工事事務所で転出される課長さん方4氏からご挨拶をお受けしました。湯沢の工事事務所におられる頃からお世話になった方々もいて、互いにある意味「考えを知った同士」なので、いなくなられるのは残念です。しかし、村役場とちがって異動にともなう転勤は、国交省のみなさんにとっては世の常。新たな任地でのご活躍とかわらぬご助言をお願いし、お世話になったことへお礼申し上げました。