映える焼石連峰

県南の湯沢雄勝地方に大雪をもたらす大きな要因とされるのは対馬暖流と奥羽の脊梁山脈といわれます。それに雄物川の流れも少し加わるのでしょうか。

横手平鹿・湯沢雄勝地方の東にあるのは栗駒国定公園に位置する焼石連峰と栗駒連山。西北の季節風は、この二つの大きな壁の連なりが屏風となり大雪をもたらします。

春になるとこのように増田や十文字、羽後町方面からながめる焼石連峰は白さが際立ちます。ただ、西北の風を真正面から受ける連峰の西側は、風が強いので頂上付近の積雪は少なく、日が経つにつれて頂上尾根筋はもっとも早く雪がなくなり土肌の黒さが増してきます。尾根の冬は、それだけ強風が荒れ狂う場所ということがそれからわかります。

一方、尾根の風下、つまり東側には大量の吹きだまりがありますから、そこは雪解けが遅く、岩手、奥州市や一関側からながめる焼石や栗駒の嶺は秋田側からながめるよりも遅くまで残雪の白さが映えます。ちょうど、残雪の多い鳥海山を遅くまで横手盆地側からながめられるのと同じです。

人里の雪解けとともに映えてくる真白き嶺々。とりわけ焼石連峰は、成瀬川や皆瀬川下流部、雄物川筋からほぼ全体像がよく目に入るだけに、鳥海山とともに春の湯沢雄勝、横手平鹿地方の人々にとっては得がたい景観となっています。

▼今日はわずか一夜でおよそ10万人の命がうばわれたという東京大空襲の日。その後も終戦の8月まで、空襲としてはほぼ最後となる秋田の土崎空襲まで日本全土の都市は猛爆されました。すべて日本がはじめた中国大陸への侵略戦争、後の第二次世界大戦が原因となる戦争によってもたらされた残虐な殺戮行為です。

国語的な解釈では戦争を「武力による国家間の闘争」とたとえば広辞苑は記します。国家間の武力による戦いなので、戦争で対じするどちらの国家も自らの正当性を主張し「自国が正しい」ということで戦争に突き進みます。しかし、大きくくくれば戦争は、侵略する国の不正義と、その侵略を防ぎ抗するための防衛のたたかいに分けられるでしょう。

だが、戦争とはそれほど単純なくくりで終わるほどのものでないことも歴史は教えます。戦時のわが国は、その政治と教育の下、人類史上に刻まれる甚大な殺戮行為で大きな被害を他国、とりわけアジア諸国に与えました。一方、連合国側の一員も、非人道的な空襲や核爆弾で我が国の子ども達をはじめ非戦闘員の命をうばいました。東京大空襲を、そして沖縄戦を、広島、長崎の残虐を生んだ戦争をみればわかるように、また記憶に鮮明なベトナム戦争などと同じように、戦争とは、徹底して殺し尽くし、焼き尽くすところに究極は行き着くのです。

明日は東日本大震災の日。福島の原発事故をのぞけば、この震災で大きな犠牲となられたのは津波という自然災害によってでありました。しかし、76年前の東京大空襲をふくむ戦争の悲惨は、人災の最たるもの、人間による誤った行為を原因とするものであったことを、私たちはこの歴史に刻まれる日から学ばなければと思います。そして、一人の国民として、この愚かな誤りをこの国が二度と繰り返さないために、自分のできることにつとめることこそ、これらの戦争で犠牲となられた方々へのなによりの追悼になると私は思います。