ここの県境尾根は特別に北西の風が強いためでしょう、背高の木々の植生が途切れていて、胆沢川上流部のほぼ全容と、西には横手盆地南部と村の一部がよくのぞめる所です。
昼近くなったら、主峰のタゲ(焼石岳)も含め連峰全体の姿が晴れ空に浮かびました。
尾根筋に大きなダシ(雪庇)をつくる強烈な季節風があたるため、ここの雪原はカチンカチンに凍っていて、カンジキの木製の爪では歯止めがききません。平坦な尾根だからと油断していたら転倒してしまいました。その氷の雪原をうむ強風は、雪とブナの枝にも見事な結晶と造形をつくり、それが陽射しや空の青に映えるとき、その景色はまるでブナの木に咲いた「雪の花」のように見えます。
この尾根に来ると決まってむかしを思います。子供の頃や若い頃、春から夏、そして秋、冬と、エシャガイチゴ(胆沢川イチゴ・ノウゴウイチゴのこと)を摘み、イワナやカジカを捕り、山菜(主にフキやタケノコ)を採り、切り株栽培のナメコ採りをしたり、ブナの伐り出しをしたり、冬山、春山歩きをした胆沢川の林や幾筋もの小沢を見下ろします。
いっぱいのキノコや山菜などを背にして、あるいは雪の上での春山伐採とソリ引きで大森沢入り口から県境の尾根にのぼった「はっひゃくやあご(八百八あご)」の峠越えの道筋を、ここに来るとみんな思い出します。この地は私にとって、少年、青年の頃の思い出がとても深く刻まれている「回想の尾根」ともいえるところです。
大森沢と胆沢川にかかる二つの橋上は、盛り上がるほどの積雪でその厚さは4㍍ほどはあるでしょうか。冬山歩きでこの橋の上を歩く時は、並の積雪の年でも「どこまでが橋か、雪か」と、橋の幅が見えずわからずで狭く感じ、渡るのに不気味でした。現場で橋の上に立ったら、豪雪の今年などその不気味さは尋常ではないでしょう。
雲の流れが速いこともあって、尾根に休んでいるとたちまちのうちに空模様が変わります。それにあわせて、青空が多くなったら岩ノ目沢に下り、また沢から上がり、またもっと青空が多くなるとまた沢に下りを繰り返しました。足腰の疲れへの心配よりも、「もっと、いい景色を」を優先、よりよい写しの対象をもとめて5回ほど尾根と沢の間の上がり下がりを続け、「ええなぁ、ええなぁ」とため息をつきながらシャッターを押しました。
いつも申し上げるように撮影の技はまったくの未熟者を自覚しているこちら。ただ、ため息をつくほどに「ええなぁ」と感じた私の気持ちだけは、写真のいくらかでお伝えできればと思っているのですが、はたしてどうでしょうか。
▼11日の遅くなってからでしょうか、春告げのムゲの大ヒラ(向山の大底雪崩)が落ちました。目立つヒビ割れをほとんど視せないでいてのいきなりの大雪崩でした。こういうこともありますから、ほかの山々や道路沿いなどヒビ割れがない斜面でも、万全の警戒を。