危険がひそむマイタケ採り

秋田の山岳遭難では、登山によるものよりも山菜やキノコ採りが圧倒的に多いといわれる。豪雪の地は、豊かな山の幸に恵まれているというそれは証でもあり、幸の宝庫の山には、危険を冒しても人々を寄せつける魅力(魔力?)があるということでもある。

きのう、マイタケ採りのことにふれながら「危険」と隣あわせということを述べた。今日は、昨年のある入山体験を振り返りながらその「危険」を少し深入りして記してみたい。

マイタケは、里のクリや梅、小径のナラ老木などにも発生する。また同じ深山のブナ・ミズナラ帯の広葉樹林でも、比較的なだらかな地形にミズナラの老樹が林立しマイタケの獲れるところも全国にはいっぱいある。北海道などはそういうところがきっと多いのでは。

しかし、村の場合は、奥羽の脊梁から延びる深い谷の尾根や斜面にマイタケ菌がすみつくミズナラの巨木が多く、マイタケ採りは、その幾筋もの尾根急斜面を何度も上がり下がりしながら老木の根元を丹念にまわることになる。

実は、昨年のちょうど今頃、村内でも名だたる渓谷のしかも急斜面にマイタケ採りに出かけた。あの通り昨年はマイタケが大豊作。昼までに収穫物を背にいっぱいにして斜面を下ったら、こちらと同じように中身をいっぱいにしてふくれた大きなリュックが沢に置いてある。「ほほう、どこのどなたか、マイタケたっぷりの荷を置いて、また別の木に向かったのだな」と、なんの気にも留めず沢を下り駐車場近くまで来た。と、こちらとほぼ同じ歳ほどの男性が、山の方へ向かい歩いて来るではないか。

山入りにしてはリュックも何も持たない姿なのを不思議に思い「どちらへ?」という旨の問いかけをしたら、「同じキノコ採りに入った同僚が転落し、足を傷め歩けなくなった。町の仲間へ電話し、救援を頼んだところ。これからだと帰りは夜中になるだろう」という覚悟の話ぶりでその方は答えられた。つまり、消防や警察に救助を要請せず、自力で仲間を救出する考えのよう。春のタケノコ採り遭難でも、こういう自力対応での救出事例は時々ある。「大げさごとにしたくない」という微妙な遭難者心理もはたらくからだろうか。

それを聞いたこちらは「自力でとはたいしたもの。しかし、夜中に、小滝を含むあの沢を下り、歩けない負傷者を救うとなれば担架か背負うかだろう、それは大変なこと。もろとも落下の危惧も。事故が重ならなければよいが。ヘリ救助なら安心なのに」と心配した。

ただ、あれだけの谷に入っていながら、要請した救援の仲間もその谷を知っているらしい趣で、こちらに語ったその方の歩く姿も相当山に慣れている様子。なので「山岳会とかに所属していて、登山技術に長けている方々なのだろう」と一瞬そんな思案がよぎった。「夜の谷で自力救助ということは、自信があってのこと」と配慮し、そこではそのまま別れた。

こちらもウンウンうなるほどの荷を車に下ろし、まずは帰宅した。体力も相当落ちて足はもう使い果たしの限界気味。だが、山岳遭難救助隊のはしくれでもありどうも気になる。めいわくだろうが何かの手助けになればと、電灯やロープ、食べ物などをリュックに放り込み、すぐにまたその谷に向かった。

駐車場には、連絡を受けた町場の仲間たちがもう来たらしく車の台数が増えている。すでに人影はないから転落現場の沢をほぼ知っていて山へ向かったのだろう。秋の日は短く刻はまもなく夕。闇が迫る。彼らも急いでいるのが推察できる。

こちらも、普段は歩かない沢沿いにある小さな滝を上り、先にリュックを見た谷の場所まで上がるがそこにも人の気配はなし。それより上流に少し進むが人が近くにいる様子はどこにもない。この短時間にこれだけ早い動きができるというのは、脚力もふくめやはり山歩きにそうとう熟練の方々と判断。転落の場所はより遠くなのだろうか。リュックのある沢とは別かもしれない。これは、どこで転落しているのか現場の見当がまったくわからない。こちらの体力もギリギリなのでやむなく引き返した。

だが、気がかりは続く。ただ、深夜になっても救急車やパトカーのサイレンなども鳴らないから、無事に救出されたのだろうと決め込んでまずは安心して床につく。

翌朝の秋田魁新聞には「東成瀬の山中、キノコ採りで滑落、横手の男性が骨折」の見出しに続き、「東成瀬村岩井川の山中で、横手市の会社員男性(61)が滑落負傷、と午後8時頃仲間の家族が警察に連絡。男性は仲間4人に救助され病院へ運ばれる。右足を骨折。男性は2日午前8時頃、知人男性と2人で入山。入山地点から東に約3㌔地点の斜面から約30㍍下に転落。知人男性が携帯電話で仲間3人に救助要請。4人は男性を担いで下山」という旨の記事が載っているのを目にし「まずは、よかった」と妻にも話しながら安堵。

警察、消防、村の救助隊などによらず、わずかの人数であの沢を負傷者を担ぎ下山出来るということは、やはり並以上の山の体験がある方たちだったのだろう。それにも感心したが、村人以上に村の深山を知り尽くしている方々がいるということも、当方にとっては少々の驚きであった。こちらなどより、山の歩き体験も体力も豊富で、地形もより知り尽くしている方々であったから、夜の渓谷からでも「自力救出」という判断をされたのか。

アルプスなどの峻険歩きだけでなく、山歩きには、たかがマイタケ採りでもこんな危険が潜む。崖上で転落すれば命取りとなるようなミズナラの根元に、よりによってマイタケが出ていたりするもので、マイタケの魅力に誘惑されつい油断で転落ということもありうる。また急斜面の上がり下がりで、つかまっていた柴木が枯れていて根ごと抜けたり、足を滑らしたりで転落ということもあり得る。こちらは、いずれも崖や斜面のそうした場もくぐりぬけてきているが、幸い転落だけは免れている。沢の石の上での油断転倒はあるが。

遭難を防ぐため、参考になればと昨年の体験を思い返し記した。生業にも趣味にも、時には命がけということがあるもの。が、何より大切なのは命。「命より大切な宝なし」です。

ミズナラ、ブナの森の宝

私用や議会関連の所用などで、きのうは役場に立ち寄り後横手へ向かいました。きのうもふくめこのところ3日ばかり晴天が続き、横手盆地もようやくコンバインによる稲刈り風景が各地で見られるようになっています。

山間部だけでなく、今年は平場地帯も「稲が、ながなが、あがるまねぇ(なかなか、稔り色にならない)」といわれていて、刈り取り盛期が幾分遅れているようです。村も、滝ノ沢や田子内地区の法人や認定農家の方々のコンバインがいよいよフル稼働の様子。岩井川などでも、ハサ架けの方々の刈り取りが始まっています。

例年なら、9月末に3日間も晴天が続けば稲刈りに入っていたのですが、今年はこのとおりめずらしく稔りが遅れていてこちらは作業に取りかかれません。コンバイン、乾燥機、籾すりと、機械類はまずは万全のスタートをきれるようにしています。ところが、今度は雨、そして行事がいろいろあり、我が家の稲刈りは来月2日の開始予定。それも、天気がよければということで、秋の天気は気まぐれですからその予定もどうなるかわかりません。

▼所用を果たしての午後、「雨が降る前に、行事と稲刈りがないうちに、それは今日しかない」ということで、ブナとミズナラの深山へ足を向けました。去る14日に訪れ、ミャゴ(マイタケ)はひとかけらも見られなかった渓谷へです。そのとき以来多くの方々が入山したらしく、新しい靴跡もふくめヤブはもう道になっています。

渓谷には、いつもならあちこちに見られるサモダシ(ナラタケ)もほんのわずか目につくだけ。早出のナメコも少々手にしました。

肝心のマイタケは、なじみのミズナラ大木を30数本まわり、お目当てが顔をだしていたのはたったの2本。やはり、豊作とは呼べず、並作よりも少し落ちるかなという程度。

うち1本は、昨年の豊作時もふくめこのところ何年間もキノコの顔を見ていない巨木ですが、どうしたことか今年はちょうど採り頃、食べ頃のクロフ塊がいくつか顔をだしていました。14日にはまだ根元にキノコの姿はまったく見えなかった巨木です。それが山にこれだけ人様の踏み跡があるのに、どうして2週間近くもこの木にどなたも立ち寄らなかったのか不思議なこともあるものです。いつものようにひとり合点で、「山神(女神)さまが、こちらを哀れんで、恵んでくれたのだろう」と深く感謝です。

ゆっくり腰を下ろし、自然がつくった最高級の山の幸、宝をしばらくながめ、まだ成長途上でそれほど大きくないキノコ塊を木の根元から離し並べます。マイタケの茎が根から離れる時には、ゴゴッ、ググッと音がし、あの天然ミャゴ特有の香りが一帯に漂います。危険、難儀の末に出会えるこの喜び。マイタケ採りならではの醍醐味です。成長中なので獲れた量はそれほどでなく約10㌔。生長の頂点だったら倍以上にはなっていたでしょう。ミズナラ、ブナの森の宝を雰囲気だけでもお伝えしようと、写真を少し多くしました。

深山の高級キノコたちがどうも?

過ぎた秋分の日の半日、道路そばのブナとミズナラの森へ向かいました。お目当ては、例年この時期になると真っ盛りとなるミャゴ(マイタケ)とシシタゲ(コウタケの仲間)。

山も沢もねらいとするミズナラの根元も、すでにここ何日かに先行された方々の踏み跡がいずこにも。ですから半ばあきらめながらもいつものコース、いつものミズナラへ上り下りしながらまわりました。そしてたった1本、これまで幾年も私をほほえませてくれているなじみの大木の根元で、いくぶん採るには惜しい塊もふくめ何個かのミャゴとなんとか出会うことができました。ミャゴ山のいわば銀座通りなのに、よくどなたもこの根元をおとずれないでいたものです。

シシタゲも、こちらもまだ成長途上がわずか3個だけ。今年はミャゴもシシタゲも、発生量は今のところどうも少なめ。「オレは、ミャゴをたっぷり採った」と豪語される方ももちらんおられるようです。相手は自然、そういうミズナラも時と場所によってはあるのです。

ならせば、2つの高級キノコ本格モノはいつもの季節よりも発生がやや遅れ気味のようですから、もしかしたらこれから並の顔出しをしてくれるのかもしれません。ただ、昨年はどちらの種も大発生の年でしたから、その反動で不作のまま終わるのかも。

ブナの森にはアケボノサクラシメジやホウキタケも希に見られます。それに毒種で名高いクサウラベニタケ(最後のひとつ前の写真)も。見ただけでは、ほんとに食べられそうな姿をしていますから、これは間違えやすいキノコの筆頭格にあげられるのも無理がありません。

一方、家周りのハタケシメジ(最後の写真)はあいかわらず良好な発生ぶり。彼岸で訪れた身内一同が味わった芋の子汁を、これ以上はないという旨さを加えひきたててくれました。

幸寿苑敬老会、ダム工事現場視察

幸寿苑の敬老会が昨日行われました。昨年までは村主催の敬老会でしたが、今年からは苑の指定管理者の社会福祉法人・雄勝なごみ会の主催。理事長は今年交代となったばかりの旧雄勝町長の菅義雄氏。管氏は現在湯沢市の社会福祉協議会会長もつとめておられます。

お祝いの会は、いつもの年のように奉仕活動による玉扇津久美会の歌謡舞踊で盛り上げられ、みなさん芋の子汁をいただきながら楽しいひとときを過ごしていました。

▼きのうの午後は、成瀬ダム建設促進期成同盟会などによる合同の工事現場視察へ。大仙、横手、湯沢、そしてわが村と、首長、議長、担当職員などが、ダム工事事務所長のご案内のもとに現場へ向かいました。

ダム堤体左右両岸の掘削工事や原石山へつながる道路工事現場、国道342号付け替えの2号トンネル工事現場を視察。堤体の掘削現場を見れば、もう本体工事が始まったと同じという受け止めがされるほどに工事は進展しています。したがって、昨年に比べれば森林の伐採も広く進み、岩や土の露出範囲が大きくなり、重機や車両などの数も多くなっていて現場の様子もだいぶ変化しています。

来年3月頃に転流トンネルに水が通されるようで、北ノ俣沢と赤川の合流点から下流の一定区間(転流口出口まで)の成瀬川の水流は完全に遮断されることになります。若者の時から魚獲りなどの思い出がこもっている流れですので、目にしっかりと焼き付けておきました。

▼野原や里山が家のすぐそばから連なる我が家。家から100歩ほど歩けば秋の木の実たちがそちこちに見られます。

今年は場所によって豊凶の差が大きいと思われるアケビですが、一箇所にだけは熟れ始めた実がめずらしくゆっさりと成っています。

かたわらには春にいっぱいの花を咲かせていたシラグヂ(サルナシ)があり、予想したようにおいしそうな実が蔦に鈴なりです。もう少し経ち熟し始めたら、鳥やテンたちが食べた合間を縫って実が落ちないうちにいただこうと思っています。なかにはすでに軟らかに熟している実もあり、口にいれたら高級感あふれる香ばしい甘さがトローンと舌を刺激しました。

そばの岩場にはダイモンジソウが花盛りで、湿地の水辺にはオニシオガマが散り際の姿を見せています。

山内・三又地区との交流会

22日、旧山内村三又地区と、わが岩井川地区の両部落役員のみなさんのスポーツ交流に議会へもご案内をいただき参加。いっしょにパークゴルフを楽しみ、夕刻からはホテルブランでの懇親会となり交流を深め合いました。平日で会社勤務やお仕事も忙しかったでしょうが、三又地区からは10名の役員さんが参加です。

自治体は違うものの、峠道をはさんで両地区は昔からのつながりが強いところ。わが岩井川の龍泉寺を菩提とする檀家さんも三又には多く、お互いにお嫁さんやお婿さんの往き来での縁もあり、親戚関係でも堅くむすばれている同士です。加えて、主要地方道横手東成瀬線の整備についての期成同盟会も両部落役員が構成員で、一年に二度は顔を合わせ合う親しい仲です。

三又地区のみなさんも、地区全体の住民を対象にした年間のスポーツ行事としてパークゴルフを楽しんでおられるようです。ここ数年、ジュネス栗駒のパークゴルフ場を利用していただいていることをお聴きし、お礼を申し上げたところです。部落同士の交流もそうですが、村の施設をつかっていただきありがたいことです。

▼コナラ・ミズナラの里山に、シトリテデ(ウラベニホテイシメジ)とここで呼ぶキノコがいいかたちで顔をだしていました。今年は、アガキノゴ(サクラシメジ)と同じで発生量がいまイチの様子。我が家ではこのキノコはサクラシメジと同じで塩蔵専門。冬の煮物の具として好んでつかいます。このキノコ、私は、食べるよりも採るのが楽しみの種。茎が太く長く大型なので、「1本採った、10本採った」と、めずらしく本数数えをしてしまうキノコです。

ウラベニのそばにはクリフウセンタケも顔を見せています。おんなじような環境に育つキノコたちのようです。こちらも、今年は発生量が少ない感じ。それが「今のところ」なのか、「シーズン全体を通して」となるのか、秋の季節がやや遅れていますので、まだ結果はわかりません。

クリフウセンタケは塩蔵はもったいなし、新鮮な風味を楽しむべしと、早速まずは味噌汁へ。味といい、シャキシャキ食感といい、いつも記すようになんとおいしいキノコなのでしょう。でも、ウラベニホテイシメジと毒種のクサウラベニタケやイッポンシメジを間違えての中毒がよくあるように、クリフウセンタケも、やや似たようなキノコに毒や猛毒菌もあり、写真だけの判断は危ない危ない。幼菌のうちの特徴ははっきりしているキノコですが、生長の頂点時期になると、多くのキノコがそうであるように特徴、見分けがなかなかわからなくなるもの。キノコ食に油断は禁物です。

何事も段取り八分

解散総選挙のうごきがらみで、予定されていた様々な日程が変更となる模様です。

そうしたことを含む日程確認や行事出席の打ち合わせを役場で決済。その後、たんぼの収穫作業準備で道具類の支度やコンバインの作動具合を確認したり、乾燥調整機械を点検したりと、穫り入れ仕事前の段取りに一日を費やしました。

仕事ではよく「段取り八分」といいます。職種を問わず手際よい仕事をする方はこの段取りに秀でていて、「いざ」の時に作業がまことにスムーズに進むものです。段取りは、防災対策なら「備え」とも通ずるでしょう。普段の心がけをしっかりとしている方や部署・組織は、いざの時におろおろしないものです。さあ、まもなく収穫の日々。農家が段取り能力を試される時が今年もやってきました。

▼家まわりにあるコナラやミズナラの里山に、早生モノのクリカラモダシ(クリフウセンタケ)がほんのちょっぴり顔を出し始めました。

粘りけがあるので、落ち葉を乗せたままのぽっこり姿が特徴のクリフウセンタケ。別名ニセアブラシメジともいわれます。どうしてなのか、わが集落ではあまりフウセンタケの仲間のキノコは食べられず、ここの方言としての名をこちらが知っているのはヌレンボウと呼ぶアブラシメジとこのクリカラモダシぐらいのもの。しかし、どちらも今の村ではほとんど採られることはないキノコでしょう。

キノコには、おそるべき毒種もあり、食毒が不明のキノコもたくさんあります。わからないキノコは食べないこと、体験もふくめはっきりわかっているキノコは食べる、これを私も鉄則としています。

新たな食への挑戦には、場数を多く踏むことが必要。図鑑やガイドブックを読み、食べた方から実物を目にして体験を聞き、できれば発生の現場も確認し、それに試食を少しずつ繰り返すしかありません。

フウセンタケの仲間は毒種が少ないといわれますが、村ではあまり利用されていないようです。そういうこともあって、こちらも人様には無理におすすめはしていません。それにしても、こんなにおいしく大量に獲れるキノコにどうしてニセなどという名の冠がつけられたのでしょうか。クリカラモダシは、私は最も好むキノコのひとつですが。

そのクリカラモダシのそばにはアシグロタケも見えました。ジェンコシナダゲ(オツネンタケモドキ)と同じでダシを楽しむキノコですが、これも集落で方言は聞いたことがありません。オツネンタケモドキよりも味がひとつ落ちてそんなに利用されないからかもしれません。ジェンコシナダゲはダシ味に優れていて、キノコそのものの食感も楽しめるから方言がついたのかも。それにしても、なぜジェンコ(銭?)なのでしょうか。

最後の畦草刈り

5月からおよそ一月ごとにこれで5回目、今シーズン最後の田のクロ刈り(畦草刈り)に汗を流しました。

もうすぐ刈り取りですし、農地の貸し付けや収穫の作業委託が増えていますから、9月の畦草刈りはたいがいは省略している仕事。でも、我が家は春の畦削りと畦塗りが手仕事ということもあり、刈り取り前に田のクロをきれいにしておくのが長年の慣わし。

とくに妻は「田のクロ、草もじゃねば、稲刈りのずぎ、足さ、しかがる。クロ、きれいなば、仕事はがえぐ。気分もええ(畦に草がもじゃもじゃだと、刈り取り時に、足に、からまる。畦がきれいだと、仕事が能率よくできる。気分も良し)」といい、9月の畦刈り率先主張派です。

ということで、オガダチ様(雷)が鳴り始めたきのう午後4時前に今年の畦草刈りからようやく解放されました。日ごとに黄金色を増してきた稔りのたんぼも、あとは刈り取りの日を待つばかりです。

昨日まで、田植えの早かった方もふくめまだ集落で刈り取りに入った農家はなく、今後の晴天続き予報でいよいよバンイダーやコンバインが稼働するでしょう。それにしてもモミの稔り具合が遅いようで、田植え時期の違い、施肥量の違い、加えて水管理なども大きく影響しているのか、稲草と穂の青さがまだ目立つ9月下旬です。

▼きのうは彼岸の入り。妻が毎朝ご飯を供える仏壇へは、山の幸や畑の幸がお膳のお皿や味噌汁のお椀にいっぱい。これから彼岸が過ぎるまで、仏様は毎日のごちそうを楽しめます。山里に暮らし、主食や野菜を自給できるということは、あの世の仏様になっても、山の幸、田畑の幸を豊かにいただけるということなのですね。

少しずつ新顔登場

きのうは村産業祭の実行委員会が開かれました。27日夜から農林産物などは展示・観覧となりますが、中心行事が行われるのは10月28日(土)の予定。

急きょ報道された解散総選挙投票日程がらみもあり、役場関係者は普段は必要の無い思案もしなければならないようでなかなか大変の様子と思われます。しかも今年は50回記念。いつもとちがうイベント内容もあり、さらに東北各地の芋煮汁を楽しむ商工会関連の「芋の陣」も村で同時開催されますから、なおさらです。

▼過ぎた連休中、ちょっとちょっとの間に家まわりの野山を散策。もちろんお目あては里で出会えるキノコたち。

まずは色の美しい二つのキノコさんたち。純白、純黄、ホウキタケとソウメンタケの仲間などこれらはどれも食べられるキノコの仲間たちらしいですが、私は口に入れたことがありません。ながめて楽しむ菌類ということにしています。

次はイグチの仲間たち。我が家でよく利用するラグヨウ・マツシタキノゴ(ハナイグチ)と、もうひとつ、私はあまり好みとしませんが、多くのから人気のあるアミッコ(アミタケ)。

ラグヨウは早生ものなので、どちらかというとかたちはまだ虚弱。アミッコはもう過ぎ具合が多しです。いずれも特有の粘りを楽しむキノコたちです。ラグヨウはいつも湯がいて刺身風で味わいますが、いつもこの美しい切り口をみただけで食欲をそそられます。

次は村で最もよく利用されるアガキノゴ(サクラシメジ)とサモダシ(ナラタケの仲間)。今年のアガキノゴはまだ量がそれほど多くない様子。サモダシ、といっても、写真は我が家ではネスゲモダシと呼ぶキノコで、おそらくヤチナラタケという種でしょう。ナラタケの仲間ではもっとも秋早くに顔をだす種で、味はサモダシのなかでも最も旨味のあるダシをもつキノコです。

アガキノゴもサモダシも、塩蔵され冬の味覚として村では多くの家々が昔から親しんできたキノコたち。それだけに、お米と同じように今年の作柄がみなさん気にかかるようです。

最後はいつものハタケシメジ。予想したように次から次へと見事な株を出し続けていて、我が家の食卓をにぎやかにしてくれています。

9月議会終わり、狩猟免許講習、敬老会

村議会9月定例会議はすべての議事審議を終え、15日で休会となりました。教育委員の人事案件や議員提出の意見書案件を含む全議案が同意、可決、認定となりました。休会中も、常任委員会活動や中央要望活動が今後とりくまれる予定です。

16日は狩猟免許の更新時講習で秋田市の遊学舎へ向かいました。県南を会場にしての講習も前もってあったのですが、ほかの行事と重なり参加できず、免許有効期限ギリギリでの受講となった次第。一時は、「あと、止めようか」とも思ったほどです。

会場では、村出身で今は秋田市に住んでおられる元隣家のSさんとたまたま同じ机で受講。猟歴も長いSさん。クレー射撃やクマの有害駆除出動などもふくめおおいにがんばっているようで、「血を受け継いでいるのかな」と思いました。彼の家は代々、腕のたつ狩人の家として地元では知られていたからです。こちらも、その先代の方々に猟の技を教わっています。

講習では、若者の狩猟免許新規所持者が増えつつあること。鳥獣被害やクマの生息数などに関する現状なども話されました。クマの生息調査の手法変更により、推定生息頭数が大きく変化(増へ)する可能性があることなども語られました。

秋田では狩猟期間におけるクマ猟の自粛が長い間続いたためにクマが人間を恐れなくなっているともいわれます。人によるクマへの「捕獲圧」がはたらかないことが人里へのクマ出没要因のひとつともされ、「自粛」継続についても是非が検討されているようです。困ったことに、イノシシ、シカの生息数が県内でもジワジワと増加傾向にあるようです。

▼18日は地元岩井川部落の敬老会へ。列島を縦断し当日朝に秋田へ最も接近という台風18号の影響が心配されていたなかでの開催。夜中にはかなりの強風となり、朝になってたんぼを見渡したら稔り最終期の稲の倒伏が目立ちました。でも村ではそれ以外の大きな被害はなかったようで、ホッと安心の中で会が進められました。児童館のみなさんの歌や踊り、歌謡舞踊愛好のみなさんの踊りも加わり、お祝いの日を盛り上げてくれました。

台風では南から北まで人命に及ぶ被害もふくめ被災がありました。被災されたみなさんへお見舞いを申し上げます。

▼15日、我が家の背戸にカネ色に稔ったヤマグリの実が初めて落ちていました。実の落下は昨年より4日遅れ。この栗は我が家の季節指標のひとつですから、やはり今年は秋の稔りが少し遅れているようです。栗の木のそばにある野のリンドウも花の色がひときわ目立つようになってきました。たんぼもやっと黄金色に。今週末あたりから穫り入れにかかる農家の姿がみられるでしょうか。

1年半漬け込むブナの森の珍味

きのうは一般質問が行われ、今日の議案審議で9月定例会議は終わり議会はしばらく休会となります。

一般質問では2議員が、生ゴミ堆肥化事業の今後について、増加傾向にある村税や各使用料金等の未納対策、個別の稲作担い手農家への支援策実現などについて村の考え、対応を質しました。

▼集落近くのブナ林には、私が10数年の間トビダゲ(トンビマイタケ)をいただいてくるブナの大木があり、その大木はおそらく300年ほどの寿命をむかえ、キノコ菌に侵され10年ほど前に朽ちて倒れました。

この大木に出るトビダゲは、ほかの木に出るのよりも極端な晩生種。私はわざとかなり大きくして今の時期に採取に向かいます。トビダゲは「主に幼菌を利用する」キノコですが、ちょうどエゾハリタケのように1年間もじっくり味噌漬けにするには大きくなった菌が最適。その大きさも、歯で難なく噛めるほどの成長具合がちょうど良しで、その境目を越すと、しねふて(かみ切れなくて)調理方法はごく限定されます。

村人は、生長しきって食べられないトビダゲを今度は乾燥して「トビダゲ茶」として香りを楽しみながら利用もします。ある土地では見向きもされないキノコ、あるいは利用は幼菌だけとされているキノコでも、土地によっては徹底して利用され尽くす、村でのトビダゲはそんなめずらしい価値をもったキノコです。

さて、その朽ち倒れたブナの根元に出る晩生のトビダゲ。今年もちょうどかみ切れるギリギリの姿で私を待っていてくれました。ひと株(写真)で背中いっぱいになるほどの大きさで、噛んだらまだ軟らか、味噌漬け用にはだいじょうぶ。根元を切りとり必要部分だけを背にして帰り早速湯がいて、まずは半年間塩蔵、春の味噌仕込み時に今度は味噌桶に移し替えさらに1年間味噌の中で味がつけ込まれます。これだけあれば、また何年間もブナの森独特の食文化、伝統の味噌漬けが楽しめます。

ブナの森はミズナラの森でもあります。そこはそろそろミャゴ(マイタケ)も顔を見せる山ですが、私の通う早生ミャゴの出るナラでは今年はまだほとんど発生なし。たった1本の木だけは食べ頃が顔をだしていたようで、それは先行の方が手にした様子。だいぶあわてて採ったのか欠けらがいくつも散らばっていました。

山の木の実の様子は、ちょっと目に入った狭い範囲では、ヤマブドウは案外豊作、アケビはまずまずというところ。ブナの実はほとんど皆無に近し。今年のブナの森はやはり寂しさを否めません。先日、議会の公共牧場視察で長倉を訪れた際、牧場脇にあるミズキの実を食べにクマが登り枝を折った跡がみられました。